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「レキシコン」項目Pの終了
 11月下旬から取り掛かった「レキシコン」の項目「P」がこの28日に終了しました。100ページに5ヶ月ほどかかったことになります。残りは「S」ですが、これも半年ぐらいかかるでしょう。
 「P」は、見出し語1409、用例2883、成句74ありました(数えるだけで半日以上かかります)。翻訳の分量はA4版で73ページ。それで項目Sを除いてこれまでの分量は、
 「ページ数566、見出し語数11,609、用例数21,749、成句(熟語)数618」です。

 これに項目Sが加わると、おそらく
 「本体ページ数640(A4版、1ページ58行)、見出し語数13,100、用例数24,700、成句700」ほどでしょう。
 
 大家スヴェーデンボリの語彙の全体像が段々と浮かび上がってきています。精神的な深みはまだまだわかりませんが、使用した言葉(ラテン語)を大観する思いがします。国語の辞書を前にして、この中に日本語の世界がある、英語の辞書を眺めて、この中に英語の世界がある、と感じるのと同じく、一冊の書物となったとき、その精神的構造物の外郭だけでも、そこから見えてくる気がするかもしれません。その日が楽しみです。
author:yasubee, category:ラテン語レキシコン, 00:52
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「レキシコン」の用例数などは? 数えてみた
 暮れも押し迫った頃、新聞に辞書が話題となっていて、そこに「見出し語数○○、用例数○○・・・」とあった。現在取り組み中の「レキシコン」の「見出し語」の数は(第1次)原稿完成とともに数えていた。しかし、用例数はいくつだろうかと思い、ここ年末から翻訳は一歩も進まずに用例を数えていた。ついでに組版の体裁も整えた。
 以下はまだ終えていない項目「P」「S」を除いた数字である。それにしても数えるだけで12日間という莫大な時間がかかった。
 「ページ数493、見出し語数10,200、用例数18,863、成句(熟語)数544」である。
 これに項目PとSが加われば、およそ
 「本体ページ数650(A4版、1ページ58行)、見出し語数13,000、用例数24,000、成句750」
 ほどであろう。
 今年中にとりあえず完成(第1次)させたい。その後、「見直し」(第2次)に1年はたっぷりかかる。形になるのは早くても2年後であろう。これからやっと項目Pの翻訳再開である。Festina lente.
author:yasubee, category:ラテン語レキシコン, 00:25
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文章家としてのスヴェーデンボリ(その4・最終)
 私がスヴェーデンボリの早期の著作を引用したことに気づかれたであろう。ここから質問があるかと思う――「照らしの後、文体に識別できるような何らかの変化があったか?」 詳しく調べないで答えを示唆することをためらう。もし、だれかがよく調べるなら、そこには通常、何らかの違いを見出せる可能性がある。しかし、私の印象では、それだけのことではあるが、そこになんら意味のある違いはない。彼は依然として、同じ教養と学究的な文体で書く、18世紀の博識ある学者であった。

 誤解のないようにしておこう。スヴェーデンボリは、最初の段階から、限定された読者へ向けて書いた。同時代のヨーロッパの学問ある大衆、学者、高位聖職者、神学者たちである。彼はアリストテレス学派で育った者たちに――自分の議論を原因、目的、結果だけで考えようとする者――速やかに認められる概念を常に繰り返した。さらに難解にも、『神の愛と知恵』200番では、vires〔力〕とformae〔形〕を区別しているが、ここからは直ちにアリストテレス哲学のdynameisとeide〔エイドス、形相〕が示唆される(脚注:ここは力とそれらの「つくる」形、あるいは形と機能の間の関係に触れている)。この個所は、平易で庶民的な説教ではなく、最高の水準を保った神学的な議論である。

 スヴェーデンボリの文体は、親しみやすさとは正反対のものであり、最も最新の情報を取り入れ、言語の特徴を生かした翻訳ですら、私たちは、容易に読書できることを期待してはならない。私たちは当時の論理学、形而上学、神学の知識をいくらか持つことなしに、完全に理解することはできない。

 普通の人は、その教えが自分に把握できるよう常に翻訳者を必要とする。スヴェーデンボリ協会のお第一の任務は、卑見ながら示唆したいが、「著作」を保ち、それらをラテン語でも翻訳でも両方で全世界の教養ある人々に入手できるようにすることであろう。このことは、スヴェーデンボリの文体から暗に意味される目的である。

        * * * * *

(John Chadwick(1920-1998)博士は、ケンブリッジ大学の名高い講師であり、早期のギリシア語である線文字Bの解読で有名である。大戦中は、ドイツ軍の暗号解読のためブレッチリーで働き、また『オックスフォード・ラテン語辞典』の編集者として数年間仕えた。しかし、私たちには、この論説に続いて著述した彼の翻訳『結婚愛』、『真のキリスト教』、『宇宙間の諸地球』『、最後の審判』でよく知られている)
author:yasubee, category:ラテン語レキシコン, 11:44
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文章家としてのスヴェーデンボリ(その3)
 このこと〔メモラビリア〕から第三の文体へ進む、これを私は物語風の文体と名づけたい。これは明らかに、上品で洗練された、知的な喜び以上のものを読者に提供しようと意図している。たとえば『神の礼拝と愛』からの次の文章。

 真夜中、天の星座は、あたかも称賛するかのように、もはや明るく輝かず、ただ一種の輝く炎で、きらめいていた。沈むのを遅らせようと燃えていた、しかし、昇ろうと急いでいた曙の女神は、それらの光を弱め、直ちに太陽に、一日を開けさせようとしていた。

 この文体を最もよくメモラビリアの中に見る――この物語は、スヴェーデンボリが単純ながらも印象的な言葉で、彼の周りの光景を語り、そこの住民と話しているうちに、私たちを直接に霊界へと運び入れる。このように――

 私は平野を通って丘へ導かれた。すると見よ、丘のふもとにその頂上へと続く、ナツメヤシの木の通り(並木)があった。私たちはそこに入り、登った。丘の頂上、てっぺんに木立ちがあり、地から伸びている木々は劇場のようなものを形作っていた。この内に、いろいろな色の石で覆われた平らなところがあった。このまわりに正方形に並べられた椅子があり、それに知恵を愛する人たちが座っていた。劇場の真ん中に机があり、その上に封印された紙が置かれていた。 『結婚愛』132:1。

 最後の〔第四の〕ものは論証の文体であり、そこでは著者は問題を議論し、読者に対して、議論や演説を述べる。このように――

 しかし、おそらくここであなたがたは少し立ち止まり、霊魂について、肉体の中のどこにあり、宿っているか、私の考えを質問したくなるであろう。構造と形の両方において、どのようなものであるか? 補助の器官〔肉体〕に直接に、また近接してどのように働きかけるのか? また人間にはほとんど知られていないが、主要なことである他の多くのことも〔質問したくなるであろう〕。

 これは『無限なる者』の著作からである(第2章257ページ)。長いけれども、対比と釣り合いのよく取れた文章である。またさらに――

 (ここには『神の愛と知恵』308からとする例文が載っています。調べましたが出典個所がわかりません。チャドウィックの訳は「意訳」なので、その翻訳文を省きますのでご了承ください。私はスヴェーデンボリの原典には直訳がふさわしいと思うので、「意訳」されたものを再度訳すつもりになれません)

 知っていることから知らないものへと論理的な議論を進めていることを観察されたい。これは自分の手段を制御でき、その手段を目的に対し効果的に用いることのできる表現の達人の作品である。同時に、表現しようとする欲望に、思考は少しも従属していない。

author:yasubee, category:ラテン語レキシコン, 22:55
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文章家としてのスヴェーデンボリ(その2)
 私はスヴェーデンボリの文体について書いている。文体が「著作」の最も外なる部分であること、そして文芸作品としてのその是非が、そこに含まれる真理に少しも関連しないことは言うまでもない。私たちの最も熱狂的な〔スヴェーデンボリの信奉〕者でさえ、「著作」は聖書に似た、偉大な文芸作品であるとは主張できない。しかし、純粋に外面的な形式の研究から学べるものもいくらかある。もちろん、このことを完全に味わうにはラテン語の知識が本質的要素となるが、私は、英語で十分に、スヴェーデンボリが用いた広範な文体から引き出して、あなたがたに示すことができると思っている。

 彼の文体は一様かつ不変のものではない。忙しい筆による無頓着なメモから、注意深い書き手による最も練られた解釈にまで変動する。この範囲の中で、私は、明確に区切られたものでなく、有効な大まかな分類として、四つの文体に分ける。

 第一に、日記の文体――この中にスヴェーデンボリは、日々の自分の考えを、最終的な草稿を書く前の自分の著述計画を書き留めた。これは『霊界体験記』やその他の多くの遺稿の文体である。しばしば散漫で、あいまいである。多くの文は、単なる小記事、見出しである。スヴェーデンボリがその後に出版した作品で、再び用いた個所から、私たちは、どのように彼がその表現に、より明確さと洗練さを加えて、書き直したか見ることができる。納得できるような翻訳をする困難さはよく知られている――翻訳者は、しばしば遠慮なく原文に現われる誤った外観に対し、それを結びつける言葉を挿入し、文を言い換えることに追われる。

 第二は解説の文体である。ここには日記の直接性も、注意深く構成された散文の洗練さもない。これは、相互参照や、根拠を労を惜しまず整理したものの退屈な繰り返しである。私はこれが無用のものと言うつもりではない――最も重要である、しかし卓越した文学ではない。私たちは、この常なる同じ形式の繰り返しの背後に、その目的を知ることができる――これは意味を正確にするため、計画的に意図された文体として下位のものである。科学的な文体であり、ユークリッドの『原論』を思い出させる。

 例を示す必要はない。『天界の秘義』10,837番の大部分は、メモラビリアによる歓迎すべき中断を別として、ときどき脱線するが、一本調子でこの方法をとっている。

author:yasubee, category:ラテン語レキシコン, 11:24
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文章家としてのスヴェーデンボリ(その1)
 1957年1月、John Chadwickがスヴェーデンボリ協会に与えた論説を以下に紹介します。旅行記、講解、会話体など、スヴェーデンボリのいろいろな文体を論じています。題名は「SWEDENBORG AS A STYLIST」(文章家としてのスヴェーデンボリ)。

        * * * * *

 ラテン語は伝達手段としていまだに生きている。ほんの数ヶ月前、私はスペインの学者から手紙を受け取り、その同じ言語〔ラテン語〕で返事をした。この言語は、西ヨーロッパの現代言語がようやく国際的な地位を獲得した時の18世紀を越えて生きた。ラテン語の散文体の歴史は、その最初の大作家キケロまで、途切れることなくさかのぼる。西ヨーロッパ帝国は5世紀に滅んだが、その言語の失墜が伴うことはなかった。ラテン語は文筆上の言葉として用いられて残り、これによって人々は教育されたので、かつてローマ帝国の支配下にあったすべての地で、伝達も会話もできた。ローマカトリック教会はこれを公式言語として保ち、今日もそうである。ルネッサンス期も乗り越えた。エラスムスはキケロの流儀によってラテン語を新たに活気づかせ、こうして科学的改革の手段となり、これは私たちの機械化文明へと続いた。これは大学の言語であった――古くからの二つのイギリスの大学ではいまだに公式の会議で用いる――その使用は、人や書籍にとって、全文明社会を旅するためのパスポートであった。

 私たちは、新教会の「著作」の媒体としてラテン語の使用に、神の摂理を認める、と主張してよい。国民的な偏向、科学的先入観、長く確立された神学的で形而上学の語彙から、〔ラテン語は〕比較的に自由で普遍的であることを指摘してよい。もし神的な目的のために、この使用が定められたとするなら、これをいまもなお用いないのは残念である。しかし20世紀ではこう言うのはむだかもしれない、平均的な読者と「著作」の文字の間には障害があるどころではないからである。それでも、原典を忘れてしまったローマ教会のようにではなく、私はあなたがたに、スヴェーデンボリを彼自身の言語でもっと十分に理解できるよう学び、私たち自身の言語に翻訳することに全力を尽すことを望む。

 しかし、スヴェーデンボリに選択の余地はなかった。これは重要な書物がすでにフランス語、ドイツ語、英語で現われていたことを否定するものではない。18世紀では、〔ラテン語は〕全ヨーロッパで読まれることを意図した書物に適切なただ一つの言語だった。こうして、私たちが計り知ることのできない摂理についての議論を脇に置くなら、ラテン語の選択は、歴史的な状況を考慮するとき、合理的で、適切であった。

 早くからラテン語を教わったスヴェーデンボリは、それを個人的なメモに使うほどにも完全に吸収した。その使用頻度は決してとどこおることなく、彼の語彙は膨大である。彼はときに『霊界体験記』のノートにスウェーデン語を用いたが、これはラテン語に同等のものがない何かを、さらに正確に記録するためであって、決してラテン語の表現を忘れたからではなかった。(続く)
author:yasubee, category:ラテン語レキシコン, 11:14
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ラテン語レキシコンの表示スタイル変更
このブログの本体である「スヴェーデンボリのラテン語」で掲載作業が進行中の"ラテン語レキシコン"の表示スタイルを"L"の項目から変更しました。

これまでの表示にはいろいろと問題があり、今後の展開を考えて、全面的に新たな表示スタイルに移行することにしました。

これまでより、文字が大きく読みやすくなりました。それだけでも、ずっと使いやすくなると思います。

これからも新たなデータの掲載を続けつつ、過去の掲載分についても、順次、新しい表示に変更していきます。

author:quaerite, category:ラテン語レキシコン, 15:26
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ラテン語の勉強歴
 私(鈴木)の独学によるラテン語勉強の足跡を振り返ってみます。なにかの参考になるかもしれません。

 「著作」に出会ったのが36歳。原典はラテン語と知り、和訳『天界の秘義』などにラテン語の単語がちらほら載っているので、持っていてもよいだろうと田中の『羅和辞典』を買ったのが84年10月(37歳)。文法など知らないので、「辞書を引く」ことはなく、しばらくは単語を眺めるだけだった。

 時は経て89年2月:『ラテン語4週間』を買った。文法がどんなものかざっと眺めただけ。

 91年6月(44歳):「ジェネラル・アセンブリー」に参加(2度目)。そこでドールの『An Introduction to Swedenborg's Theological Latin』と『結婚愛』などの原典を入手。このとき、全然読めないし、読んでみようとは思わなかった。原典が手元にあるだけで満足だった。
 ヘブル語・ギリシア語の勉強はほぼ終えていた(聖書を原語から、辞書などの助けで読解できるまでになった)が、そのことに精力を相当つぎ込んだので、これ以上新しい言語の習得に取り掛かる気力はなかった。

 93年9月(46歳):原典『天界の秘義』『黙示録講解』など入手。これも参考書として、原典でどのような言葉が使われているか確認するためであった。しかし、「動詞」が問題となってくると、正確なニュアンスを知るためにはどうしても、文法知識が必要と思えてきていた。そこで、
 93年12月:小林標著『独習者のための楽しく学ぶラテン語』入手。その後すぐに『LEXICON』を注文。小林の「教科書」は聖書(Vulgata)からの例文があったりして、私にぴったりだった。並行して前記ドールの「教科書」も学び始めた。やはり(1)よい教科書に出会う、のと(2)原典を手元に置く、と以前はやる気がしなかった、勉強も始めたくなる。それでもまだ、読めるようになるとは思っていなかった。

 94年5月(47歳):注文してあった『LEXICON』を入手。しばらく、使っているうち、「これ(辞書)は近ごろなされたスヴェーデンボリ研究の金字塔だ」と思えてきた。以前、なぜ「読めるようになる」自信がもてなかったかは「辞書のせい」だった! 移動手段でたとえれば、自転車と自動車以上の違いだろうか。田中の『羅和辞典』では決して「著作」を読み、訳せるようにはならない! このあたりからラテン語習得に向けて本格的に取り組み始めた。

 原典という素材を料理する(切れ味のよい)「包丁」を手に入れた気分がする、よい辞書を手に入れることは決定的に大きい! 原典を読むのが楽しくなった。
 前後して、文法もドールの教科書で徹底的に学ぶことにした。徹底的に学ぶ方法の一つが「和訳する」ことである。それで、このようなよい教科書を紹介する意味でも、『スヴェーデンボリのラテン語』を出版した(02年1月、55歳)。これでスヴェーデンボリの著作を読むための文法事項は習得できたろう。

 ここで連載中の『レキシコン』は、上記教科書の翻訳も一区切りついた2000年の8月(53歳)から見出し語などを入力し始めた。

 現在61歳、まだまだ勉強中である。この辞書を翻訳し終えた時が、私のラテン語勉強一区切りのときだろう。
author:yasubee, category:ラテン語レキシコン, 08:21
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レキシコンの編集方針
 チャドウィックの『レキシコン』をそっくりそのまま翻訳することもありえるが、しかし、何のために和訳するのかといえば、日本語使用の読者が原典を読むためのものである。

 するとそのために、(1)極めてわずかな見出し語(『草稿』からのもの)と訳語では省いたものでてくる。これについてはそのことをいちいち表記するのを省略した、あまりに煩瑣であり不要と思えたから。
 (2)つけ加えた見出し語、訳語もでてきた。こうしたものには「*」をつけた(しかしその記号を省いたのも少数ある)。
 (3)どうしても補足や解説事項がでてくる。それらは〔〕の記号で、その中に記述した。
 (4)もちろん、ミスと思えるものは訂正したが、そのことはいちいちことわらない。

 原著に「用例」は掲載してあるが、その英訳文はない。辞書の機能としてやはり必要と思えるので和訳を付けることにした。これに莫大な労力を要している。その際、英訳書、和訳されている「柳瀬訳」と「長島訳」を参照した。

 参照する中で両訳書の誤訳を多数見いだしている。そのことを少し触れておこう。柳瀬訳は英訳に忠実である。それで、彼の誤訳はやや意訳と思える英訳を、さらに和訳して、原意と離れてしまった、といえる。長島訳は、勘違い(意味の取り違え)が多い、そして、何よりも彼独自の「意訳」の精神が強すぎて、私には「そこまで意訳したら、誤訳になってしまいますよ」と思える。
 よろしかったら、掲載されている私の訳文を長島訳と比較してほしい。その違いに驚くかもしれない。そして翻訳に対する姿勢の決定的な違いがわかるだろう。私は直訳派である。

author:yasubee, category:ラテン語レキシコン, 11:23
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新版『レキシコン』とチャドウィック
 SPI(Swedenborg Publishers International)の「会報」(2007年秋号)に、『レキシコン』がロンドンのスヴェーデンボリ協会から来る4月中旬に出版されるニュースが載っていた。(以下そこの記事から)

 この近代ラテン語の「レキシコン(辞書)」は故ジョン・チャドウィックの編集によるものである。この古典語の学者は古代ミノア語の文書である線文字B解読の仕事で世界中に名高かった、今だにそうである。また彼は、何年もの間『Oxford Latin Dictionary』の編集者を務めてきた辞書学者であったことも忘れてはならない。
〔注釈:ミノア語とは、古代クレタ(紀元前3000-1100頃のクレタ島での青銅器文化)言語。線文字Bとは、紀元前15-12世紀頃、クレタ島とギリシア本土で用いられていたギリシア語を表記する音節文字。1952年にヴェントリス(英)が解読した〕

 ロンドンでは4月17日に出版記念の集会が開かれる。そこではチャドウィックから後継者とされたジョナサン・ローズ師など3名の同僚や仲間が、 崋書学について」◆峩畭絅薀謄鷂豎悗虜廼瓩了情について」「新版について」の講演を行なう。

 この「レキシコン」は一人の著者〔スヴェーデンボリ〕の著作を扱ったものであるが、単語の一覧表などではなく、近代ラテン語とその用法の最初の辞書と考えられる。本書がスヴェーデンボリや近代ラテン語の研究者だけでなく、神学者、哲学者、歴史家、その他この数世紀の間にラテン語で書かれた文書に関わる者の助けになることを願う。

author:yasubee, category:ラテン語レキシコン, 04:25
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