RSS | ATOM | SEARCH
それで、私のラテン語の実力は?
 ごらんのとおり、晩学の「独学」である(申し添えれば、ラテン語は規則的な言語であり、独学に非常に適している)。目指したことは、スヴェーデンボリの著作の原典読解のみ。

 記憶力の盛んな若い頃に学んだのではないから、第一変化の名詞すら、その変化を確実には記憶していない。動詞の変化形などほとんど覚えていない。単語すらロクに覚えていない(覚えられない)。

 それで、どのように翻訳しているのかといえば、有田の『文法表』を片手に、しょっちゅう辞書を引きながらである(しかし、利点がある、面倒なようでも、勘違いが防げてよい)。実力はまったくの不明、ほんとうにあるの? と疑問符がついてしまう。試験があったら「零点」の可能性が大。

 では、何を学んだのか? どうして解読し、翻訳できるのか? との疑問がわいてこよう。

 文法だけでなく、もっと広いと思える「文の構造や仕組み」について学んだのである。たとえば相関文「tam〜quam」「talis〜qualis」とか属格の用法、形容詞の特性、接続法・・・などについて知っているのである(これだとやはり文法のみの知識となってしまうが)。

 そうした知識の一例として、ラテン語の特徴である「接続法」を少し述べてみよう。

 「彼は親切である」と直説法で述べてあったら、「単純な事実」または「真実」を述べている。これに接続法が使われていたら、「彼が親切である」ことについて、話者のなんらかの思いなり、評価が加わるのである。すなわち(自分・周りの者は)「彼が親切」なのでよかった、(私は)「彼が親切」であってほしい、・・・等である。ついでながら、私はこのように、接続法の場合、主部を「〜が」とするように訳している。それで、当然ながら「従属節」は接続法となる(もし、従属節でも直説法が使われたなら、別のニュアンスが生じる、すなわち、そのことは(永遠の)真実を意味する、など)。

 では、接続法の未来時制はどのようなニュアンスをもってくることになるか? 話者の何らかの思いが反映された未来である。英語でなら「You shall die」のように助動詞(ラテン語にはない)を用いた「意志未来」ということになる。別の言い方をすれば、英語には接続法がないから、その代用を助動詞が果たしている、といえる。このことをふまえて訳すと「これから起こることや行なうことは、こうあってほしい」となる。もっと強く「〜しなくてはならない」と訳すこともある。

 独学なので人から見れば基本も知らない「かたわ」かもしれない。でも、自分なりに「どんな体系、どんな表現法をもった言語なのか」把握したつもりでいる。だから、語学に関する無学者の私でも「原典翻訳」という大それたことに挑戦する。(「どんな体系、どんな表現法をもった言語なのか」ということを気づかせてくれたのが「ヘブル語の学習」だった、そのうちヘブル語について述べよう)

author:yasubee, category:ラテン語文法, 06:54
comments(0), trackbacks(0), pookmark