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原典講読も12年となった

◎「原典講読」について

 2008514日に『信仰について』を開始した(ブログの開始は同年の2月から)

 すなわち、私が60歳のときに始めた原典講読もここで丸12年経過した(当然72歳となっている)

 途中、病気や旅行もあり、やや中断しながらも、ほぼ、毎日、アップロードしてきた。

 ここまできたら、一生続けるだろう。

 とすれば、「一生続けることができるものを持てた」ことに感謝するしかない(だらだらと続けるのもよいもんだ)。 

author:yasubee, category:雑木林(雑感), 00:22
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InfinitusとInfinitumの違い
 

 現在『神の摂理』を見直し、この出版に向けて取り組んでいます。これは『神の愛と知恵』(3月に出版)の次に取り組んでいたのですが、途中で『叙事詩』が入って中断していました。その『叙事詩』ここで出版となったので、その見直しを再開しました。

 その第3章「無限と永遠」を主題とするところで、私なりに大発見をしました。

原典講読『神の摂理』55番の直訳で次のことを書きました:

Infinitum ac Aeternum in se est ipsum Divinum seu Dominus in Se; 本質的に無限(であるもの☆)そして永遠(であるもの☆)は、神性そのもの、すなわち、ご自分の中の主である。

これまで「もの」としてきていますが、大文字で表わされていることもあって「者」の訳も十分可能です。すなわち「無限である者」、「無限者」、また「永遠である者」、「永遠者」です。

 

同じく56番の直訳部分のコメントでは:

直前の55番の直訳部分で、「無限である者」、「無限者」、また「永遠である者」、「永遠者」の訳が可能、と述べましたが、それどころでなく、「そう訳すべき」でした。これまでの訳を「訂正します」(こうしたことは、やっているうちにわかることでもあります)。

 なぜかといえば、ここには小文字infinitum ac aeternumと大文字Infinitus ac Aeternusが同時に述べてあります。そして、これは「意識的に使い分けている」と気づいたからです。そしてこれは編集者がそうしているのではなく、初版でも、すなわち、スヴェーデンボリがそうしています。

 それでinfinitum ac aeternumを「無限と永遠」と訳し、Infinitus ac Aeternusを「無限なる者」そして「永遠なる者」と訳すことにします。これはもちろん神の代名詞です。同じくPrimumも「最初なる者」とすべきです。このことは私にとって、うすうす気づいていたけれども、明確となった新しい発見であって、こうしたことが学ぶことの楽しみ(gaudium)です。

 

 これが2010914日と15日でした(23か月前)。まだ気づいていませんでした。

 それが「InfinitusInfinitumの違い」です。見直すことによってこのことに気づきました。おおげさながら、このことは日本のスヴェーデンボリ神学著作の翻訳上の大発見かと思います(柳瀬訳は英訳なので気づきようがありません、長島訳はいい加減にしています、これまでの私もいい加減でした)

 『真のキリスト教』の原文なども調べてみて、この二語は厳密に使い分けてある、すなわち、きちっと区別して訳すべきである、と気づいたのです。たった一文字ですが違いが、その違いがおわかりでしょうか? 今度の『神の摂理』には次の注釈を付けることにしました(本文46番の文中に★印をつけて)

 

(★)四六 「無限なもの」と「無限なる者」の原語での違いについて

 この二語が原語ではどのように異なっているのか興味を持たれる方もいるかもしれません。

 「無限なもの」がInfinitumで「無限なる者」がInfinitusです。違いは最後の一文字msだけです。

もとは「限定されない、無限の」を意味する形容詞infinitusです。文法の話となりますが男性形(主格)infinitus、中性形(主格)infinitum、そしてこれを実詞(名詞)と見なし、また語頭を大文字としています。

このような場合、原則的に男性は「人」すなわち、その属性(ここでは無限性)をもつ者を意味します。それで「無限なる者」となります。また中性の場合、抽象名詞または「物」を意味します、それで「無限なもの」となります。(ついでに女性の場合は抽象名詞です。すなわち、「美しい」を例とすれば、男性なら「美しい人」、女性なら「美」、中性なら「美しいもの」です)

 (なお、原文で語頭を大文字としないinfinitumは、無限なもの、として「 」を付けないで区別して訳してあります)

author:yasubee, category:雑木林(雑感), 07:16
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八丈島へ行きます。その間(11~13日)、このブログはお休み
 

長男Hが八丈高校へ転勤してから3年目(通常3年で満期、都内のどこかの学校に戻って来る)、ここで私たち一家(女房と娘)、また次男一家4人が呼ばれた(それと普段付き合いの深い女房の妹も付いてくる、三男夫婦は都合つかず)。なお、長男は単身赴任、それでも月に2回ほどは深川に帰っている。

 八丈島は飛べば羽田から50分とのこと。でも、近いようであっても、あまり訪問した人は少ないようである、何よりも航空運賃が高い。かつては観光地であっても、同じ金額と時間なら他に行ってしまう。
 それでも私にとっては行ってみたいところであった。教員になるかならない頃
(すごい複雑であり、言うのは簡単ではない)、最初に高校教員としてお呼びがかかったのが八丈高校であった、今を去る40年以上も前の話し。そこの教員となれなかったが(これが正しいが、それが複雑)、縁を感じている。

ここで、自分の息子が行った(因縁でしょう)。私はここで65歳となったが行っておくべきでしょう「鳥も通わぬ八丈島へ」。

author:yasubee, category:雑木林(雑感), 03:12
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『レキシコン』5冊の注文
 

ここで林さんから『レキシコン』の注文が5冊あった、と聞いた。私にとっては驚くような大ニュースである(すぐさまスヴェーデンボリが出版した『天界の秘義』がしばらくの間4冊しか売れなかったことを想起する、それに比べれば大違い)

 

 『レキシコン』を作成し、出版した時、今後、10年で売れればよい(1年で3冊なら10)と思って、30冊刷った。これは出版物にはミスプリがつきものなので、初版は小部数にし、もし増し刷りの機会が与えられたなら、そのとき、修正すればよいと思ったからである。

 予想外に早くその機会が到来しそうである。なお、どなたが注文を出したのか、すなわち、スヴェーデンボリのラテン原典をこの『レキシコン』で読もうとされているのか気になる。というのはこのレキシコンはスヴェーデンボリのラテン原典を読むため以外におそらく使い物にならないだろうから。

料理でいえば、何かの食材(それも特殊な食材)を処理すらためだけの道具だから。

 

しかし、このブログ自体が「超おたく」の世界であるかもしれない、そして、その極めて狭い世界が普遍的な世界への突破口かもしれない(狭き門より入れ)。今日の原典講読にあるように「しみのようにしか見えない、それでも、そこには主へと導く全世界が広がっている」。

author:yasubee, category:雑木林(雑感), 23:24
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ハワイでの結婚式は感動ものだった
 

 いろいろあったが、話題は結婚式に絞ろう。

 ここで結婚した三男Mは小学校6年生の時、妻とともにブリン・アシンに連れて行ったことがある。フィラデルフィア郊外のブリン・アシンはジェネラルチャーチの本拠地であり、そこには美しいcathedoralがある。その時は、その後、ニューヨークをめぐった。その時の原体験がその後、旅行社に就職すること結びついたようである。

 

さて、今回の結婚式場セント・アンドリュース大聖堂はブリン・アシンのcathedoralと似ている。子供の時に連れて行った大聖堂がここで(場所は違っても)結びついている、と感じた。

式は、参列者以外は歌手一人とパイプオルガン奏者一人(それとカメラマンなど)だけであった。その歌手(中年の小太りの婦人)歌が会堂の中に響き渡り、感動した。オアフ島でいちばん古く、現在使われている教会は、ホテル付属のチャペルなどと違って納得でき、大満足であった。手前味噌ながらこれまでで経験した一番よい結婚式であった。

 

式後の祝賀会はモアナ・サーフライダー・ホテルで。ここが新郎新婦の宿泊先、長男Hもここが新婚旅行の宿泊先であった。そこのレストランは「ビーチ・ハウス」といい、中庭を臨むヴェランダの一番良い席が会場となった(もちろん、息子が手配)。風格のあるホテルであり、最高に気持ちよかった。

ここで今まで封印していたカクテル「ブルーハワイ」を飲むことにした(なぜ、これまで封印していたかは話しがやや長く、またもつれるので省略)。給仕に注文したが言葉が通じなかった、別の言い方があるのだろうか? でもなんとか飲めた。

その後、新婦の父親と二人で場所を変えて(二次会として)飲んだ。息子たちは大学1年で知り合い、その後9年して(すなわち26歳と27)ここでゴールインした。私はチャランポランな人間であるが、息子はこの9年間、愛をつら抜き通した、これは親の欲目としても立派と思える、と話したら、父親は少し涙ぐんでいた。

 これまで単なる観光地としてなら、ハワイに行く気はなかった。でもこのような機会に来れた。
author:yasubee, category:雑木林(雑感), 00:20
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ハワイに行きます。追加。
 

 その後に確認したら、新婦側は21名。そのうち3人は(関空からでなく)アメリカ本土からでした。それで総勢21名。
 今日
7日も晴れでよかった。ふと今日はどんな日だったけな、と思い、調べたら、去年、脳梗塞の病(記録によれば「脳そうこつ?」と書いている:去年98日のブログ参照)から退院した日であった。こうして、その一年後に(全快したかわからないが)、ハワイに行ける、ありがたい話である。一歩間違えれば、どんな地獄の生活をしていたかわからない。

 感謝やその他もろもろの思いとともに「いってまいります!」

author:yasubee, category:雑木林(雑感), 10:02
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ハワイに行きます。その間、このブログは休憩
 

 ここで三男が結婚する。場所はハワイ、「リゾート婚」なるものである。

 挙式98日、オアフ島のセント・アンドリュース大聖堂で(カメハメハ大王像、イオラニ宮殿の北隣)。それで7日からおそらく12(帰着日)まで、このブログは一休み。

 これだけではつまらない(?)であろうから、雑談する。挙式列席がメインであるが、当然ながら観光などある。それ以外に何が目的か、上げてみる (1)「何もしない時間を楽しむ」(しかし、これがむずかしい、かつて教員であったとき修学旅行地沖縄で「無人島に行く」を企画した。何もない無人島でしばらく時を過ごす、そのとき何を思うか・・・ところが、6月の日差しは熱く、生徒みんなが真っ赤な日焼け(そんな甘いものでなく大やけど)してしまった。なんせ日差しを遮るものはなにもなく(木は生えていない、小さなビーチパラソルのみ)

(2)「この木なんの木・気になる木」(名前:モンキーポッド)から霊気をもらう。木の前に立ち、深呼吸する時、何らかの「木の精(気のせい)」を感じるだろう。

(3)「ダイヤモンドヘッドに上る」。写真で有名。山歩きが趣味である私にとってこれは欠かせない。

(4)「海で泳ぐ」これも欠かせない。水泳が日課の私である。

(5)あとは家族と適当な時間を過ごす。女房がいろいろ計画している。

 

 さて、ハワイは初めてである。ハワイを意識したのは高校一年の時であるが(理由は省く)、これまで、行く気にはなれなかった、一生、行かなくてよいと思っていたが、ここで家族たちと一緒に行くことになった。私の家族は全員行っていた、私だけが行っていない。長男が新婚旅行、次男が会社の成績優秀社員に対するご褒美として、旅行者に勤める三男が会社仲間と、それと女房と娘が親子で。

 その次男一家も一緒なので、私の孫(11歳の娘、5歳の息子)とも一緒である。みんな一緒の海外旅行は始めてであるし、これがひょっとして最後かもしれない。

 こちら側の臨席者10(成田から)、相手側が10名ちょっと(関空から)、それで20人ちょっとの結婚式。長い人生の間にはこんな日を迎えることもあるのだな、と想っている。

author:yasubee, category:雑木林(雑感), 11:13
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バイクで国道299号線を行った
 

 スヴェーデンボリ、また新教会、さらにまたラテン語とは何の関係もない話しで失礼する。

 私はバイクに乗る、ずっと若いころからである。途中の話しは省略、現在はヤマハの「ドラッグスター400クラシック」であり、これは、しばらくバイクから遠ざかっていたが、60の還暦記念に、また同時に退職記念に「自分へのご褒美」と考えたものであったが、三男の息子(いずれ、近いうちに語る)に「それなら、今買おう」とせっつかれて私の59歳の誕生日記念に買った物である。

 三男の息子には以前にヤマハのマジェスティを買ってやっているのに(これで大学に通った)、違うタイプのものが欲しくなったようである。(バイクがわかる人なら、ドラッグスター400クラシック(アメリカンタイプ、すなわち、知らない人はハレー・ダヴィットソンのタイプと思えばよい、これでわからない人は、これ以上話しは無用。マジェスティはいわゆる「スクーター」タイプ。私はもっと異なるタイプも乗っていた)

 さて、あまり乗り回しもしないで(以前は佐渡にもバイクで行ったし、趣味の山歩きのためにその「足」ともしていた)、近場の埼玉県、特に飯能市近辺をときどき乗っていた(飯能、青梅は私の心のふるさとである、このことも語ることがあるかもしれない)

 この15日、「霧ヶ峰」にバイクで行くことにした。「霧ヶ峰」は私にとって「尾瀬」に次いで思い出深い地である。冬のスキー教室、また家族での春先のスキー(四人の子供全員に、私がスキーを教えた)、そして夏の湿地「八島」など、毎年のように訪れていた。

 朝5:10に出発、多摩湖を抜けてすぐに入間、ここが299号線の終点、飯能を通過し、西武池袋線と並行しながら秩父、299号線の脇にある「秩父神社」参拝、6:30だった、この神社は彫刻が見事、「夜祭」(この冬も行く予定)で有名、昼間だと彫刻がよく見える。志賀坂峠の途中で「両神山」が見えた(以前登ったことがある日本百名山の一つ)。もう一つの峠が「十石峠」これに至るまでの道がまったくの山道、大きな車ではすれ違いが困難。峠で休憩していたら、やはり東京からのバイクのおっさん。聞けば、「麦草峠」へ行くとのこと。私と同じである。「佐久穂」へ出て、少し南下し、やはり299号線、ここは「メルヘン街道」と名付けられている。「麦草峠」までの道が白樺密生林、そこまでの八千穂は別荘地。バイクでの走行は別世界気分。さすがに多くのバイク愛好家、大型車が多いし、年配者も多い。考えていることは同じなようだ。峠を下るとここも別荘地「蓼科」。もう少しで茅野(ここが299号線の出発点)のところ「大門街道」を車山へ。「霧ヶ峰」は20代の若い頃、ドライブで訪れ、その草原状の山に驚愕したところだった。それまで山といえば、低山では木々が生い茂り、高山では岩だらけであり、なだらかな起伏の草原状の山を見るのは初めであった。車山の「肩」と言われるところに停車。11:20。だらだらな坂を山頂に向かって歩き、その途中で、12時ちょっと過ぎ、戦没者に慰霊の祈りを捧げた。

 山頂は展望台に代わって気象観測の丸いレーダーがあった。三角点でひざまずき、手を添え、「無事に登れました、ありがとうございます」と感謝するのは、いつものこと。趣味の登山でずっとしてきたことである。スキーで子供とともに登ったこと、同じく、八島高原にテントを張り、そこから、蝶々深山を経て登ったことなど思い出す。1時前には諏訪へ下り、あとは国道20号を走り続ける。途中やはりやや渋滞に巻き込まれる。八王子でそばを食べて休憩したので家に着いたのは19:10

 計14時間の長旅。不思議にバイクの運転は疲れなかった。手が日焼けした。国道299号線の出発点(のちょっと)と終点までを走ったことになる。

author:yasubee, category:雑木林(雑感), 00:12
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エリック・サンドストローム師の思い出
 

エリック・サンドストローム師にお会いした、と述べた(スウェーデン人なのでエーリクが正しいかもしれない)。その思い出である。

19916月、44歳の時、ジェネラルチャーチの大会「ジェネラルアセンブリー」に参加した。場所はミシガン湖西岸ケノーシャ(といってもわからないであろう、ミルウォーキーとシカゴのちょうと中間)。会場は大学、英語のいろいろな講演など聞いてもわからないから、大学のプールで泳いだりしていた(ここで気づいたこともあるが、それでは話しが前に進まない)

昼食時、テラスで食事を取ろうとしていた。すると、品格のよい初老の男性が「席が空いているかな」と同席してきた。私が感ぐるに7歳下の女房はそこそこ美人かもしれない、それで、めずらしい東洋人の婦人目当てで近づいてきたのかな、と思った(思いがやや下劣)

「どこから?」「日本から」など会話しているうち、私たちの同行のK氏が「ミスター・スズキはへブル語を学んでいるよ」とサンドストローム師に話しかけた。「よろしい、私がテストしよう、これはどういう意味かな」と言いだした、ちょっとヤバいかなと思ったが、直ぐに唱え始めた言葉は「ベレーシート・バーラー・エロヒーム・・・」であった。「Oh Genesis 1, just beginning the Bible…」で、テストは合格、聖書の冒頭の文句であり、へブル語を学ぶ人だったら、知らないはずはない、そして、この言葉でなく他に(へブル語を知っているかどうか)試すような言葉もないであろう。

その後、会話の中で、バス主教が選ばれ(この大会で次期ジェネラルチャーチのトップ指導者が決定された)ことを、そしてその義父であることを知った。それで「Congratulation!」。

ミシガン湖を臨む、初夏の思い出深いひとときであった。

 その後、バス主教夫妻は何度か来日された。

author:yasubee, category:雑木林(雑感), 00:46
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隣人愛と自己愛について
 

 この原典対訳『神の摂理』267番で「久しぶりに「訳」を問題にしてみます」と述べた。それは―

 

Sed cum amor proximi versus est in amorem sui, et hic amor increvit, tunc amor humanus versus est in amorem animalem; しかし、隣人愛が自己愛にそれた(ひっくり返った)☆とき、またこの愛が増えた(大きくなった)、その時、人間の愛は動物の愛にそれた(ひっくり返った)

☆このversus estを柳瀬訳は「変化し…」としています。隣人愛が自己愛へ「変化する」とは思えません。また長島訳は「変質し…」としています。これは意訳そのものであり、私はもっと奇妙な訳であると思いますが、これで「なんとなくわかる」ような気になる人もいるかもしれません。英訳(Dick)はturned intoであり、私が典拠とするジョン・チャドウイックの『レキシコン』にはturn over(ひっくり返す)あり、その後、turn awaytwistの訳語があり、この最後の訳が正しいと思います。

 

であった。私が両氏の訳でひっかかるのは、隣人愛が自己愛に「変わる」「変質する」とすることである。訳していてこのことを疑問に思ないのだろうか?

その後も、しばらくこのことについて考えていたので、それを述べよう。

 

人間には愛がある。主への愛、それと対極にある悪魔また地獄への愛。また人に「向かう」隣人愛と自己へ「向かう」自己愛である。それをどうとらえるか、それによって「訳」が変わる。極端に言えば、人生観が変わる。

いま「向かう」と述べた。個人は一つである。その中で「愛はさまざま」、といった気もするが、その主体は一つである。話しが飛んで何を言いたいかわからないであろう、何を言いたいのかと言えば、「表と裏」である。ものには表と裏がある。一人の人間の表と裏である。ここでは内面と外面ではない。あくまでも外面的な表と裏である。主へ向かうのが「表」である、そのとき「裏」は悪魔、地獄へ向かっている。愛が人へ向かっているとき、その裏側で自分自身へ向かう愛がある。

同じ愛であるが、向う対象が異なるのである。「上から目線」のような言い方をする。これは目を向けるその本人を問題とするのである。

長くなった、結論を急げば、隣人愛と自己愛は、愛が変質するのではなく、「目線」が「変わる」のである。そのとき、表と裏が逆転する「ひっくり返る」のである。そこでここでの訳は「ひっくり返る」でよいと思うし、愛の対象を取り違えたので、「目線」が「それる」でよいと思う。

author:yasubee, category:雑木林(雑感), 23:24
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