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原典講読『真のキリスト教』 80(直訳(3)〜(4)と訳文)
 

[3.] Porro interrogavi, quid credit Societas ejus, et ille, de Religione. [3] さらに私は質問した、彼の社会は何を信じているか、また彼らは、宗教について。

Respondit, "Quod religio nobis prae vulgo eruditis, non sit nisi quam fascinum plebis, quod circum sensitiva et imaginaria illorum mentis est sicut aura, in qua volant pietatis ideae tanquam papiliones in aere; 答えた、「大衆よりも学問のある私たちに宗教は、庶民の〔ための〕呪縛以外であるでないならない、それは彼らの心の感覚(感情)と想像のまわりにオーラのようである、その中で敬虔の観念が飛んでいる、あたかも空気の中のチョウ(のように)

et fides illorum, quae connectit ideas illas sicut in catenam, tanquam bombyx in volvulo serico, e quo evolat ut rex papilionum; また彼らの信仰は、それは彼らの観念を(束縛の)の中のようにつなぎ合わせる、あたかも絹の子宮の中のカイコ(のように)、それからチョウの王のように飛び出す。

amat enim communio inerudita imagines supra sensualia corporis et inde cogitationis, propter cupidinem ut volent; というのは、無学の大衆は、身体の(具体的な)、またここから思考の上の想像の産物を愛するから、欲望のために飛ぶように。

ita etiam faciunt sibi alas, ut sicut aquilae elevent se, et se jactent coram terricolis, dicturi, 'Ecce me.' そのようにさらにまた自分自身に翼をつくる、ワシのように自分自身を高くするために、また自分自身を地上の住民の前に自慢する、言って、「見よ、私を」。

Nos autem credimus quod vidimus, et amamus quod tangimus." けれども、私たちは私たちが見るものを信じる、また私たちが触れるものを愛する」。

Et tunc tetigit meretricem suam, et dixit, "Hoc credo, quia video et tango; またその時、自分の娼婦を触れた、また言った、「これを私は信じる、私は見る、また触れるので。

verum nos talia ludibria per speculares nostras fenestras ejicimus, et sufflatu risus abigimus." けれども、私たちはこのようなごまかし(でっち上げ)を雲母からつくられた私たちの窓を通して投げ出す、また笑いのひと吹きで追い払う。

[4.] Postea quaesivi, quid una cum consociis credit de caelo et inferno. [4] その後、私は質問した、仲間と一緒に、天界と地獄について何を信じているか。

Respondit cum cachinno, "Quid caelum nisi firmamentum aethereum in sua altitudine, et quid angeli ibi nisi quam maculae errantes circum solem? 高笑いとともに答えた、「天界はその高さの中のエーテルの天空でないなら何か? またそこに天使たちは太陽のまわりをさ迷う斑点以外でないなら何か?

et archangeli nisi quam cometae cum longa cauda, super qua habitat eorum turba? また大天使は長い尾とともに彗星以外でないなら、その上に彼らの群れが住んでいる。

Et quid infernum nisi paludes, ubi ranae et crocodili in phantasia illorum sunt diaboli? また地獄は湿地でないなら何か? そこにカエルとワニが、彼らの幻想の中で悪魔である。

Praeter has ideas de caelo et inferno, reliqua sunt nugae, a quodam primate ad capessendum gloriam a populo ignaro introductae." ほかに、天界と地獄についてこれらの観念は、残り(他の)のものはたわごとである、ある高位聖職者により無知な大衆から称賛を得るために導入された。

Sed haec omnia locutus est, prorsus ut de illis cogitaverat in mundo, nesciens quod viveret post mortem, et oblitus omnium, quae, dum primum intravit mundum spirituum, audivit; しかし、これらすべてのことを話した、まったくそれらについて世の中で考えたように、死後に生きていることを知らないで、またすべてのことを忘れて、それらを、最初に霊界に入れられたとき、聞いた。

quare etiam ad interrogationem de vita post mortem retulit quod sit ens imaginarium, et quod forte aliquod effluviosum exsurgens ex cadavere in tumulo in forma sicut homo, aut quoddam quod vocatur spectrum, de quo fabulantur aliqui, tale quid in phantasias hominum introduxerat. それゆえ、さらにまた質問へ向けて(答えて)、死後の生活について話した、想像の所産であること、またことによると土まんじゅうの中の死体から生ずる何らかの発散物、人間のような形の中の、あるいはあるもの、それは幽霊と呼ばれる、それについてある者は作り事を言う、このようなものは人間の想像力(幻想)中で導き入れた。

His auditis non potui amplius retinere risum, quin erumperet; これらで聞いて、私はもはや笑いを押しとどめることができなかった、むしろ吹き出した。

et dixi, "Satana, insanis insaniendo. また、私は言った、「サタンよ、狂いに狂っている。

Quid tu nunc? あなたは、今、何か?

Esne in forma homo? あなたは人間の形の中にいないか?

numne loqueris, vides, audis, gradiris? あなたは話し、見る、聞く、歩かないか?

Reminiscere, quod vixeris in alio mundo, cujus oblitus es, et quod nunc post mortem vivas, et quod locutus sis prorsus sicut prius." 思い出せ、あなたが他の世界の中で生きたこと、あなたはそれの☆忘れている、また今や、死後、あなたは生きている、またあなたはまったく前のように話していること。

obliviscor(忘れる)は属格をとります。

Et data est ei reminiscentia, et recordatus est, et tunc puduit illum, et clamavit. また、彼に思い出すことが与えられた、また思い出した、またその時、それを恥じた、また叫んだ。

"Insanio, vidi caelum supra, et audivi angelos ibi locutos ineffabilia; 「私は狂っている、私は上方に天界を見た、またそこに天使たちが言語に絶することの話し方を聞いた。

sed hoc quando huc nuper allui: しかし、このことは、ここへ近ごろ、私た着いた時〔のことである〕。

at nunc retinebo hoc narraturus sociis meis, a quibus recessi, et forte tunc pudebit illos similiter." しかし、今、このことを私の仲間に語るために心に留めておこう、彼らから私は去った、またおそらくその時、〔このことが〕彼らを同様に恥じる。

Ac tenuit in ore quod illos vocaret insanos; そして、口の中で、彼らを狂気の者と呼ぶことを保った。

sed sicut descendit, oblivio expulit reminiscentiam, et cum ibi erat, insanivit consimiliter; しかし、下るほどに、忘却が、記憶を追い払った(expello)、またそこにいたとき、まったく同様に狂った。

et vocavit illa, quae a me audivit, insanias. またそれを、狂気と呼んだ、それを私から聞いた。

Talis est status cogitationis et sermocinationis satanarum post mortem. サタンの思考と会話の状態はこのようなものである、死後。

Vocantur Satanae illi, qui confirmaverunt apud se falsa usque ad fidem, et Diaboli illi qui confirmaverunt mala apud se per vitam. 彼らはサタンと呼ばれる、その者は自分自身のもとに虚偽を信仰(確信)にまでも確信した、また彼らは悪魔〔と呼ばれる〕、その者は自分自身のもとに悪を生活によって確信した。

 

訳文

80. 第五のメモラビリア――

 かつて、一人のサタンが容赦とともに地獄から、一人の女とともに上った、またそこに私がいた家に近づいた――彼らを見て、私は窓を閉めた、しかしながら、それを越して彼らと話し、またサタンにどこからやって来たか質問した――自分たちの交わりから、と言った。また私は、女がどこからか質問した、〔女は〕同様に言った。

 この女はセイレーン(妖婦)の群れからであった、彼女らは幻想によって自分自身に美と装飾()ですべての状態と姿を引き起こすことに熟練している――時には、ウェヌスの美を、時にはパルナッソス〔の乙女〕にあったような口の美を、時には、女王のように自分自身を王冠とマントで飾り、銀の杖支えにして堂々と歩くことを体現させる。

 このような者は霊界の中で娼婦である、また幻想によって〔そのように見えるよう〕心を注ぐ

 幻想は、何らかの内的な思考から閉ざされた観念の感覚的な思考から生ずる。

 私はサタンに、彼女が自分の妻であるかどうか質問した。彼は答えた、「妻とは何か? これを私は知らない、また私の社会も知らない。私の娼婦である」。

 またその時、彼女は男に好色〔の思い〕を吹き込んだ、そのことにもまた妖婦は巧みに熟練している。それを受け入れて、彼女はキスされた、また彼は言った、「ああ、私のアドーニス☆」。

 [2] しかし、まじめなことに〔話を戻そう〕。

 私はサタンに、 彼の職務は何か質問した。また言う、「私の職務は学問である。あなたは私の頭の上の月桂冠を見ないか?」 これを彼のアドーニスが自分の技巧によって作り上げ、また背後から置いた。

 また、私は言った、「そこに教えることがある社会から来ているので、私に言え、神ついてあなたが何を信じているか、またあなたの仲間たちが何を信じているか」。彼は話した、「私たちに〔とって〕神は全世界である、それを私たちは自然ともまた呼ぶ、また私たちの単純な者たちは大気と呼ぶ、それは彼らに空気である。しかし、賢明な者たちは大気と〔呼んでいるが〕、それらはまたエーテルである。神、天界、天使たち、また同様のものは、それらについて多くの者が多くのものをこの世の中で作り事を言っているが、狂気の言葉であり、またここの多くの者の目の前で遊ぶかのよう振る舞う流星からの頭の作り事である。すべてのものは、それらは地球の上に見られ、太陽から創造されたものではないか? すべてのものはその〔太陽の〕到来から、春の時に羽とともにまた羽なしに虫が生まれないか? またその熱から、鳥は互いに愛し、また子孫を産まないか? また地は、温められたその熱で植物の中に種を、また最後に子孫のために実の中に育てないか? このように全世界は神であり、自然は女神であり、またこの女神は全世界の配偶者としてみごもり、用意し、育て、それらを養うのではないのか?」

 [3] さらに私は、彼の社会は、また彼らは、宗教について何を信じているか質問した。

 答えた、「大衆よりも学問のある私たちに宗教は、庶民の〔ための〕呪縛でしかない、それは彼らの心の感覚と想像のまわりにその中で敬虔の観念が、あたかも空気の中のチョウのように飛んでいるオーラのようである。また彼らの信仰は、それは彼らの観念をの中のようにつなぎ合わせ、あたかも絹の子宮の中のカイコのように、それからチョウの王のように飛び出す。というのは、無学の大衆は、具体的なまたここから思考の上の想像の産物を、欲望のために飛ぶように、愛するから。そのようにさらにまた自分自身に、ワシのように自分自身を高くするために翼をつくり、また自分自身を地上の住民の前に、「見よ、私を」と言って、自慢する。けれども、私たちは私たちが見るものを信じ、また私たちが触れるものを愛する」。またその時、自分の娼婦を触れ、言った、「これを私は信じる、私は見る、また触れるので。けれども、私たちはこのようなごまかしを雲母からつくられた私たちの窓を通して投げ出し、笑いのひと吹きで追い払う。

 [4] その後、私は、天界と地獄について仲間と一緒に何を信じているか質問した。

 高笑いとともに答えた、「天界はその高さの中のエーテルの天空でないなら何か? またそこに天使たちは太陽のまわりをさ迷う斑点以外でないなら何か? また大天使は長い尾をもった彗星でないなら何か? その上に彼らの群れが住んでいる。また地獄はそこに彼らの幻想の中で悪魔であるカエルとワニがいる湿地でないなら何か? 天界と地獄についてこれらの観念のほかに、残りのものは、ある高位聖職者により無知な大衆から称賛を得るために導入されたたわごとである」。

 しかし、これらすべてのことを、まったくそれらについて世の中で考えたように、死後に生きていることを知らないで、また最初に霊界に入れられたとき聞いたすべてのことを忘れて、話した。それゆえ、さらにまた質問に答えて、死後の生活について、想像の所産であるか、またことによると土まんじゅうの中の死体から生ずる人間のような形をした何らかの発散物か、あるいは幽霊と呼ばれるあるものであり、それについてある者は、このようなものは人間の想像力中で導き入れられた作り事と言いっている、と話した。

 これらを聞いて、私はもはや笑いを押しとどめることができなかった、むしろ吹き出した。また、私は言った、「サタンよ、狂いに狂っている。あなたは、今、何か? あなたは人間の形の中にいないか? あなたは話し、見て、聞いて、歩かないか? あなたが他の世界の中で生きたこと、あなたはそれを忘れている、また今や、死後、あなたは生きている、またあなたはまったく前のように話していることを思い出せ」。

また、彼に思い出すことが与えられ、また思い出し、その時、それを恥じ、また叫んだ。「私は狂っている、私は上方に天界を見た、またそこに天使たちが言語に絶することの話し方を聞いた。しかし、このことは、ここへ近ごろ、私た着いた時〔のことである〕――しかし、今、このことを私の仲間に語るために心に留めておこう、彼らから私は去った、またおそらくその時、彼らは同様に恥じるであろう」。そして、口の中で、彼らを狂気の者と呼ぶことを保った。しかし、下るほどに、忘却が、記憶を追い払い、またそこにいたとき、まったく同様に狂った。また私から聞いたことを狂気と呼んだ。

 サタンの思考と会話の状態は死後このようなものである。自分自身のもとに虚偽を信仰にまでも確信した者はサタンと呼ばれる、また自分自身のもとに悪を生活によって確信した者は悪魔と呼ばれる。

 

アドニスは愛と美の女神アプロディ―テー(ウェヌス)された美少年です、ここでは愛らしさ典型として(誤って女性形として)用いられたようです。

author:yasubee, category:原典講読『真教』第1章, 00:07
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原典講読『真のキリスト教』 78(原文)
 

原文

79. Quartum Memorabile:

 

Quondam cum in cogitatione de creatione universi eram, accesserunt aliqui ex orbe Christiano, qui suo tempore philosophi inter celeberrimos fuerunt, et prae reliquis reputati sapientes; et dixerunt, "Percipimus quod cogites de creatione; dic nobis quae tua mens de illa."

Sed respondi, "Dicite primum quae vestra."

Et dixit unus, "Mens mea est, quod creatio sit a natura, et sic quod natura se ipsam creaverit, et quod haec fuerit ab aeterno; non enim datur vacuum, nec dabile est. Atqui quid aliud spectamus oculis, captamus auribus, odoramus naribus, et respiramus pectore, quam Naturam? et haec qua extra nos est, etiam intra nos est.

[2.] Alter haec audiens dixit, "Nominas naturam, et hanc facis creatricem universi, sed non scis quomodo natura operata est universum; quare dicam. Convolvit se in vortices, qui inter se colliserunt sicut nubes inter se, et sicut domus in terrae motu, dum collabuntur;" et quod ex illa collisione crassiora se contulerint in unum, unde tellus; et quod fluidiora se ex his secreverint, et quoque se contulerint in unum, unde maria; et quod ex his etiam leviora se separaverint, unde aether et aer, et ex horum levissimis sol. "Vidistine, quod dum oleum, aqua, et pulvis terrae commiscentur una, se sponte dividant, et in ordine unum supra alterum collocent?"

[3.] Tunc alius illud auscultans, dixit, "Loquimini ex phantasia. Quis non scit, quod omnium prima origo fuerit chaos, quod magnitudine quartam partem universi impleverat; et quod in medio ejus fuerit ignis; circumcirca illum aether; et circum hunc materia; et quod illud chaos rimas duxerit, et per [1]has ignis eruperit, sicut ex Aetna et Vesuvio, inde sol; et quod post hunc aether se evolverit et circumfuderit, unde atmosphaera; et tandem materia residua se glomeraverit in orbem, unde tellus: quod stellas attinet, sunt illae modo luminaria in expanso universi, ex sole et ejus igne et luce exorta; sol enim primum fuit sicut oceanus igneus, qui, ne incenderet tellurem, excerpsit ex se flammulas lucentes, quae locum sortitae in ambitu perfecerunt universum; inde ejus firmamentum."

[4.] Sed stetit unus inter illos, qui dixit, "Erratis; vos videmini vobis sapientes, et ego vobis videor simplex; at usque in simplicitate mea credidi et credo quod universum a Deo creatum sit; et quia natura est universi, quod simul tunc universa natura. Si [2]natura se ipsam creaverit, fuissetne illa ab aeterno? sed oh quale delirium."

Et tunc unus ex sapientibus ita dictis accurrit propius et propius ad hunc loquentem, et admovit sinistram aurem ad os ejus, dextra ejus auris erat obturata sicut gossypio, et quaesivit quid locutus est; et is repetiit idem; et tunc ille qui accurrit, circumspexit, num aliquis sacerdos adesset, et vidit unum a latere loquentis, et tunc replicuit dicens, "Fateor etiam ego, quod universa natura sit a Deo, sed." Et tunc abivit, susurrans cum sociis, et inquiit, "Hoc dixi quia praesto erat sacerdos; vos et ego scimus quod natura sit a natura, et quia sic natura est Deus, dixi quod universa natura sit a Deo, sed."

[5.] At sacerdos audiens susurros illorum, dixit, "Sapientia vestra quae est mere philosophica, seduxit vos, et occlusit interiora mentium Vestrarum, adeo, ut non lux aliqua ex Deo et e caelo Ipsius, potuerit influere, et illustrare vos; exstinxistis illam." Et dixit, "Ventilate itaque, et decidite inter vos, unde sunt animae vestrae, quae immortales sunt; num ex natura, vel num fuerunt in magno illo chao simul?"

Quibus auditis abivit prior ad consocios, rogans ut illi una cum ipso hunc nodum quaestionis solverent; et concluserunt, quod anima humana non sit nisi quam aether, et quod cogitatio non nisi quam modificatio aetheris per lucem solis; ac aether est naturae. Et dixerunt, "Quis non scit, quod loquamur per aerem? et quid cogitatio nisi quam loquela in puriore aere, qui Vocatur aether? Inde est quod cogitatio et loquela unum faciant. Quis hoc non potest animadvertere ex homine dum infans est? Is primum discit loqui, et successive loqui secum, et hoc est cogitare. Quid tunc cogitatio aliud quam modificatio aetheris? ac sonus loquelae quid aliud quam modulamen ejus? Ex quibus decidimus, quod anima, quae cogitat, sit naturae.

[6.] Sed aliqui ex illis quidem non dissenserunt, sed statum quaestionis illustraverunt, dicentes, quod animae exortae sint, cum aether ex magno illo chao se eglomeravit, et quod tunc in suprema regione se diviserit in innumerabiles individuas formas, quae se infundunt in homines, dum incipiunt ex aere puriore cogitare, quae tunc vocantur animae.

Hoc audito, dixit alius, "Concedo, quod formae individuae ab aethere in regione superiore formatae fuerint innumerabiles, sed usque homines a creatione mundi nati numerum illarum excesserunt; quomodo tunc formae illae aethereae sufficere potuerunt? Quare mecum cogitavi, quod animae exeuntes ex ore hominum dum obeunt, post aliquot millia annorum redeant ad eosdem, ac similem priori vitam ineant et peragant; quod multi ex sapientibus parilia et metempsychosin credant, notum est.

Praeter bos etiam a reliquis sparsae sunt aliae conjecturae, quas, quia erant insaniae, praetereo.

[7.] Post horulam rediit sacerdos; et tunc ille, qui prius de creatione universi a Deo locutus est, narravit illi decisa illorum de anima: quibus auditis sacerdos dixit illis, "Vos locuti estis prorsus quemadmodum in mundo cogitavistis, nescientes quod non in illo mundo, sed in alio, qui vocatur mundus spiritualis, sitis. Omnes illi qui sensuales corporei facti sunt ex confirmationibus pro natura, non sciunt aliter, quam quod sint in eodem mundo in quo nati et educti sunt. Causa est, quia ibi fuerunt in corpore materiali, hic autem sunt in corpore substantiali; et homo substantialis videt se et socios circum se, prorsus sicut homo materialis videt se et socios circum se; est enim substantiale primitivum materialis; et quia cogitatis, videtis, odoratis, gustatis, et loquimini similiter ut in mundo naturali, ideo creditis quod eadem natura hic sit; cum tamen hujus mundi natura tantum differt et distat ab illius mundi natura, quantum substantiale a materiali, seu spirituale a naturali, seu prius a posteriori; et quia natura mundi, in qua prius vixistis, est respective mortua, ideo vos ex confirmationibus pro illa facti estis sicut mortui; sed in illis quae Dei, caeli et ecclesiae sunt, et quoque in illa re, quae animas vestras spectat. Sed usque omnis homo, tam malus quam bonus, potest quoad intellectum elevari usque in lucem in qua sunt angeli caeli, et tunc videre quod Deus sit, et quod vita post mortem sit, et quod Anima hominis non sit aetherea, et sic ex natura istius mundi, sed spiritualis, et ideo victura in aeternum. Intellectus in angelica illa luce potest esse, dum modo amores naturales, qui sunt ex mundo et pro illo ejusque natura, et ex corpore et pro illo ejusque proprio, removentur."

[8.] Et illico tunc a Domino, remoti sunt illi amores, et datum est illis loqui cum angelis, et ex illorum sermone in illo statu perceperunt quod Deus sit, et quod post mortem in alio mundo vivant; quare pudore suffusi sunt, et exclamaverunt, "Insanivimus, insanivimus." Sed quia hic status non fuit illorum proprius, et inde post aliquot minuta taediosus et ingratus factus est. averterunt se a sacerdote, et non voluerunt audire ejus loquelam amplius, et sic redierunt in amores priores, qui erant mere naturales, [3]mundani et corporei; et abiverunt ad sinistrum, a societate in societatem, et tandem venerunt ad viam, ubi jucunda amorem illorum afflaverunt illos, et dixerunt, "Hanc viam eamus; et iverunt, et descenderunt, et tandem venerunt ad illos qui in jucundis similium amorum erant, ulterius. Et qua jucundum illorum erat jucundum malefaciendi, et in via quoque malum fecerunt multis, incarcerati sunt, et facti daemones; et tunc jucundum illorum conversum est in injucundum, quia per poenas et harum timores, a priori suo jucundo, quod fecit naturam illorum, coerciti et refrenati sunt.

Et quaesiverunt illos, qui in eodem carcere erant, num ita in aeternum victuri sint. Respondebant aliqui ibi, "Nos fuimus hic aliquot saeculis, et mansuri sumus in saecula saeculorum; quoniam natura, quam contraximus in mundo, non mutari potest, nec expelli per poenas; et dum per has expellitur. usque post brevem temporis elapsum recurrit."

 

   @1 has pro "hos"

   @2 natura pro "naturam"

   @3 mandam pro "mandare"

author:yasubee, category:原典講読『真教』第1章, 23:58
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原典講読『真のキリスト教』 78(訳文)
 

訳文

78. 第三のメモラビリア――

 翌日、私に天界の他の社会からやって来て、言った、「私たちは、全世界の創造についての瞑想のために、あなたは私たちのすぐ近くの社会の中に引きとめられ、またそこで創造についてあなたは、その時、彼らが賛同し、またその後、喜んだようなことを物語った、とそこで聞いた。私は、今や、あなたに、どのようにすべての種類の動物と植物が神により生み出されるか見せましょう」。

 また私を緑の広い野の中に導き、また言った、「見回いなさい」、また私は見回した。私は、色とりどりの最も美しい鳥を、あるものは飛んでいる、あるものは木の上にいる、またあるものは野でバラの花びらをついばんでいるのを見た鳥たちの間にハトと白鳥もまたいた。

 その後、これらは私の視界から消えた、私は私から遠くない〔ところ〕に子羊とともに羊の群れを、子ヤギと雌ヤギ、またそれらの群れのまわりに私は牛と子牛からの群れを、なおまたラクダと雌ラバ、またある場所の中に、高い角とともに鹿を、そしてまた一角獣☆を見た。

 これらが見られた後、言った、「顔を東へ向けなさいよ」。

 また、私は庭園を、その中に果樹、オレンジの木、シトロンの木、オリーブの木、ブドウの木、イチジクの木、ザクロの木、そしてまた漿果(ベリー)のなる灌木を見た。

 その後、言った、「今や、南を眺めなさい」。

 また私はいろいろな種類の小麦、雑穀(キビ)、大麦、また豆の穀物からの収穫物を見た。またそれらのまわりに多彩な色の美しいバラからの花壇(花畑)を――けれども北に、栗の木、シュロ、リンデン(シナノキ)、プラタナスに満ちた森を、また葉の茂った他の木を見た。

[2] これらが〔私に〕見られて〔天使は〕言った、「あなたが見たそれらのすべてのものは、近くにいる天使の愛の情愛の対応物である。また、それらの情愛に個々のものが対応したと語った――「またほかに、私たちの目の前に見える形で示されるそれらだけでなく、しかし他の個々のものもまた、それらは対応物である。例えば、家()、それらの中の家具(備品)、机と食物、衣服、なおまたさらにまた金貨や銀貨、またダイヤモンドのようなまた他の宝石、それらで妻や娘たちは天界の中で飾られる。

 私たちはそれらやこれらで、愛と知恵に関してそれぞれの者がどのようであるか知覚する。

 「私たちの家の中にあり、また役立ちに仕えるものは、そこに変わらずに残る。しかし、社会から社会へさまよう者の前で、それらのものは交わり(交際)にしたがって変えられる。(」)

 [3] これらが、個々の型(類型)の中に、全世界の創造をあなたが見る理由のために、あなたに示された。

というのは、神は愛そのものと知恵そのものであり、また愛そのものは無限の情愛であり、また知恵そのものは無限の知覚であり、またこれらの対応物は地の上に見られるすべてと個々のものであるから。ここから鳥と獣が、ここから木と灌木が、ここから作物と収穫物が、またここから草本と草がある――なぜなら、神は広がりではないから、しかし、それでも、ひろがりのどこにも、このように全世界の中にその最初からその最後まで〔存在する〕。また、遍在するので、その方の愛と知恵のこのような対応物が全自然界の中にある。しかし、霊界と呼ばれる私たちの世界の中で、神から情愛と知覚を受け入れる者のもとに同様の相応物がある。私たちの世界の中のこのようなものは天使の情愛にしたがって、神により一瞬に創造される相違がある。けれども、あなたがたの世界の中で最初は同様につくられた、しかし、生殖によって、一つからもう一つのように、永久不変に新しくされ、またこのように創造が続けられように備えられた。

[4] 私たちの世界の中で創造が瞬間のものであること、またあなたがたの中で創造が生殖によって継続するの理由は、私たちの世界の大気と地が霊的なものであり、またあなたがたの世界の大気と地が自然的なものであるからである。そして、皮膚とが人間と動物のからだをのように、樹皮と木の幹や枝、(脳の)外皮と脳膜のように、被膜が神経を、また(神経組織の)被覆がそれらの繊維を、等々、自然的なものは霊的なものを包むように創造された〔からである〕。

ここから、あなたがたの世界の中にあるすべてのものは、定常性があり、また一定不変に、年々、繰り返される」。

 これらに言い足した、「あなたが見、また聞いたこれらを、あなたの世界の住民に物語なさい。霊界について今までまったくの無知の中にあったので、またその知識なしに、だれも知ることができず、また絶え間のない創造が私たちの世界の中にあり、またこれに非常によく似ているものが全世界が神により創造された時、あなたがたの〔世界〕中にあったことを決して推量すること〔ができないからである〕」。

[5] この後、私たちはいろいろなことを話し、また最後に、地獄について、天界の中に見られるようなものからではまったく、しかし、正反対なだけのもの出ることを話した。悪の欲望である彼らの愛の情愛は、天界の天使がいるその中にいる愛の情愛に対立しているからである。

 それゆえ、地獄の中の彼らのもとに、また全般的に彼らの荒野の中に、コウモリ、モリフクロウとフクロウのような夜の鳥が見られ、そしてまたオオカミ、ヒョウ、トラ、大小のネズミが、なおまたすべての種類の毒のあるヘビ、竜やワニのようなものがいる。また何らかの草があるところに、イバラ、イラクサ、とげ(イバラ)アザミ、また何らかの有毒な草本が生長する、それらは時々、消える。またその時、石の堆積だけが見られ、そして湿地の中でカエルがゲロゲロと鳴く。これらとそれらもまた対応物である。しかし、言われたように、彼らの悪の情愛の対応物であり、それらは悪の欲望である。

 しかしながら、このようなものは神によりそこに創造されない、自然界の中でも創造されない、そこに似たものが存在するようになる。なぜなら、神が創造し、また創造するすべてのものは、善であったし、善であるから。しかし、地球の上のこのようなものは、神からの離反によって、死後、悪魔とサタンになった人間からの地獄と一緒に発生し、存在するようになった。

 しかし、これらの恐ろしいものが私たちの耳を害し始めたので、私たちはそれらから思考で避けまた私たちは天界の中で私たちは見たものを思い出した。

 

「霊界にはこの世にないものも見られる」となっています。一角獣は架空の動物ではあっても霊界にいるかもしれません、でも、スヴェーデンボリはほんとうに見たのでしょうか? やや疑問に思う箇所です。

 

 ○ここで体調を崩しました。絶不調です。しばらくこの講座をしばらく休むかもしれません。

author:yasubee, category:原典講読『真教』第1章, 00:05
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原典講読『真のキリスト教』 78(原文と直訳)
 

原文

78. Tertium Memorabile:

 

Postridie ad me venit angelus ex alia societate caeli, et dixit, "Audivimus ibi, quod propter meditationem de creatione universi arcessitus sis in societatem nostrae propinquam,  et quod ibi narraveris de creatione talia, quibus tunc faverunt, et postea laetati sunt. Ego nunc tibi monstrabo quomodo animalia et vegetabilia omnis generis a Deo producta sunt."

Et deduxit me in latum campum viridem, et dixit, "Circumspice," et circumspexi, et vidi aves pulcherrime coloratas, quasdam volantes, quasdam super arboribus sedentes, et quasdam super campo foliola excerpentes rosis; inter aves etiam erant columbae et cygni. Postquam haec a conspectu meo evanuerunt, vidi non procul a me greges ovium cum agnis, haedorum et caprarum, et circumcirca greges illos vidi armenta ex bobus et vitulis, tum ex camelis et mulis, et in quodam luco [1]cervos cum altis cornibus, et quoque unicornes.

Post haec visa, dixit, "Converte faciem ad orientem." Et vidi hortum, in quo arbores fructus, aurantiae, citri, oleae, vites, ficus, malogranata, et quoque arbusta quae ferebant baccas.

Postea dixit, "Specta nunc ad meridiem." Et vidi messes ex varii generis frumentis, ex triticis, [2]miliis, hordeis, et fabis; et circum illa floreta ex rosis pulchre variegantibus colores: ad septentrionem autem nemora plena castaneis, palmis, tiliis, platanis, et aliis arboribus foliaceis.

[2.] His visis dixit, "Sunt omnia illa, quae vidisti, correspondentiae affectionum amoris angelorum, qui in propinquo sunt:" et [3]narrabat, quibus affectionibus singula correspondebant: "et insuper, quod non solum illa, sed etiam singula reliqua, quae coram oculis nostris sistuntur videnda, sint correspondentiae; prout domus, utensilia in illis, mensae et cibi, vestes, tum etiam monetae ex auro et argento, ut et adamantes et alii lapides pretiosi, quibus uxores et virgines in caelis exornantur. Nos ex his et illis percipimus qualis unusquisque est quoad amorem et sapientiam. "Illa quae in domibus nostris sunt, et usibus inserviunt, constantur ibi manent; at coram illis, qui a societatibus in societates vagantur, talia mutantur secundum consortia. [3.] Haec tibi ostensa sunt, propter causam ut in typo particulari videas creationem universalem; Deus enim est ipse Amor et ipsa Sapientia, et Amoris Ipsius sunt infinitae affectiones, et Sapientiae Ipsius sunt infinitae perceptiones, et harum correspondentiae sunt omnia et singula quae super tellure apparent; inde aves et bestiae, inde arbores et frutices, inde segetes et messes, et inde herbae et gramina: nam Deus non est extensus, sed usque in extenso ubivis; ita in universo a primis ejus ad ultima ejus; et quia omnipraesens est, tales correspondentiae affectionum Amoris et Sapientiae Ipsius in toto mundo naturali sunt; at in nostro mundo, qui vocatur mundus spiritualis, sunt similes correspondentiae apud illos, qui a Deo affectiones et perceptiones recipiunt; discrimen est, quod talia in nostro mundo secundum affectiones angelorum a Deo momento creentur; in vestro autem mundo in principio similiter creata sint, at provisum est ut per generationes, unius ab altera, perenniter renoventur, et sic creatio continuetur. [4.] Causa quod in nostro mundo sit creatio momentanea, et in vestro creatio durans per generationes, est quia atmosphaerae et terrae nostri mundi sunt spirituales, et atmosphaerae et terrae vestri mundi sunt naturales; ac naturalia creata sunt ut investiant spiritualia, sicut cutes corpora hominum et animalium, cortices et libri caudices et ramos arborum, matres et meninges cerebra, tunica nervos, et philyrae illorum fibras, et sic porro. Inde est, quod omnia illa quae in vestro mundo sunt, constantia sint, et constanter in annis redeant."

His addidit, "Haec quae vidisti et audivisti, refer incolis tui mundi, quia hactenus in plenaria ignorantia fuerunt de mundo spirituali, et absque ejus notitia nemo potest scire, et ne quidem augurari, quod creatio continua sit in nostro mundo, et quod huic consimilis fuerit in vestro, dum universum a Deo creatum est."

[5.] Post haec locuti sumus varia, et tandem de inferno, quod prorsus nihil ex talibus, quae in caelo, ibi videantur, sed modo opposita; quoniam affectiones amoris illorum, quae sunt cupidites mali, oppositae sunt affectionibus amoris, in quibus sunt angeli caeli. Quare apud illos in inferno, et in genere in desertis illorum, apparent aves noctis, ut vespertiliones, ululae et bubones, et quoque lupi, pardi, tigrides, mures majores et minores; tum omnis generis serpentes venenati, ut dracones et crocodili; et ubi aliquid gramineum est, ibi succrescunt sentes, urticae, spinae et cardui, et aliquae herbae toxicatae, quae per vices evanescunt; et tunc modo apparent strues lapidum, ac paludes, in quibus ranae [4]coaxant. Haec et illa sunt quoque correspondentiae; sed ut dictum est, correspondentiae affectionum amoris illorum, quae sunt cupiditates mali. Attamen talia non a Deo creantur ibi, nec creata sunt in mundo naturali, ubi similia existunt; nam omnia, quae Deus creavit et creat, fuerunt et sunt bona; ast talia super tellure exorta sunt una cum inferno, quod ex hominibus, qui per aversionem a Deo, post mortem facti sunt diaboli et satanae, exstitit. Sed quia haec dira inceperunt laedere aures nostras, avertimus cogitationes ab illis, et recollegimus illa, quae in caelis vidimus.

 

   @1 cervo pro "cervas" @2 miliis pro "miniis" @3 narrabat (cum exemplo Auctoris) pro "narabant" 

   @4 coaxant pro "crocitant" 

 

直訳

78. Tertium Memorabile:― 第三のメモラビリア――

Postridie ad me venit angelus ex alia societate caeli, et dixit, "Audivimus ibi, quod propter meditationem de creatione universi arcessitus sis in societatem nostrae propinquam,  et quod ibi narraveris de creatione talia, quibus tunc faverunt, et postea laetati sunt. 翌日、私に天界の他の社会からやって来た、また言った、「私たちはそこに聞いた、全世界の創造についての瞑想のために、あなたは私たちのすぐ近くの社会の中に引きとめられた、またそこに創造についてあなたはこのようなことを物語った、それらでその時、賛同した、またその後、喜んだ。

Ego nunc tibi monstrabo quomodo animalia et vegetabilia omnis generis a Deo producta sunt." 私は、今や、あなたに示す(見せる)、どのようにすべての種類の動物と植物が神により生み出されるか」。

Et deduxit me in latum campum viridem, et dixit, "Circumspice," et circumspexi, et vidi aves pulcherrime coloratas, quasdam volantes, quasdam super arboribus sedentes, et quasdam super campo foliola excerpentes rosis; また私を緑の広い野の中に導いた、また言った、「見回せ」、また私は見回した、また私は見た、色とりどりの最も美しい鳥を、あるものは飛んでいる、あるものは木の上に座って、またあるものはバラの花びらをついばんでいる野の上に。

inter aves etiam erant columbae et cygni. 鳥たちの間にハトと白鳥もまたいた。

Postquam haec a conspectu meo evanuerunt, vidi non procul a me greges ovium cum agnis, haedorum et caprarum, et circumcirca greges illos vidi armenta ex bobus et vitulis, tum ex camelis et mulis, et in quodam luco [1]cervos cum altis cornibus, et quoque unicornes. その後、これらは私の視界から消えた、私は私から遠くない〔ところ〕に子羊とともに羊の群れを見た、子ヤギと雌ヤギ、またそれらの群れのまわりに私は牛と子牛からの群れを、なおまたラクダと雌ラバ、またある場所の中に、高い角とともに鹿☆1を、そしてまた一角獣☆2を。

1 注参照。

2 一角獣は架空の動物なので、スヴェーデンボリはほんとうに見たのでしょうか? やや疑問に思う箇所です。いちおう、「霊界にはこの世にないものも見られる」とはなっていますが。

Post haec visa, dixit, "Converte faciem ad orientem." これらが見られた後、言った、「顔を東へ向けよ」。

Et vidi hortum, in quo arbores fructus, aurantiae, citri, oleae, vites, ficus, malogranata, et quoque arbusta quae ferebant baccas. また、私は庭園を見た、その中に果樹、オレンジの木、シトロンの木、オリーブの木、ブドウの木、イチジクの木、ザクロの木、そしてまた灌木、それらは漿果(ベリー)をつくる。

Postea dixit, "Specta nunc ad meridiem." その後、言った、「今や、南へ眺めよ」。

Et vidi messes ex varii generis frumentis, ex triticis, [2]miliis, hordeis, et fabis; また私はいろいろな種類の穀物からの収穫物を見た、小麦、雑穀(キビ)、大麦、また豆から。

et circum illa floreta ex rosis pulchre variegantibus colores: またそれらのまわりに多彩な色の美しいバラからの花壇(花畑)を。

ad septentrionem autem nemora plena castaneis, palmis, tiliis, platanis, et aliis arboribus foliaceis. けれども北に、栗の木、シュロ、リンデン(シナノキ)、プラタナスに満ちた森を見た、また葉の茂ったたの木で。

[2.] His visis dixit, "Sunt omnia illa, quae vidisti, correspondentiae affectionum amoris angelorum, qui in propinquo sunt:" [2] これらで見られて〔天使は〕言った、「すべてのものはそれらである、それらをあなたが見た、天使の愛の情愛の対応物、その者は近くにいる。

et [3]narrabat, quibus affectionibus singula correspondebant: また語った、それらの情愛に個々のものが対応した〔のです〕――

"et insuper, quod non solum illa, sed etiam singula reliqua, quae coram oculis nostris sistuntur videnda, sint correspondentiae; 「またほかに、それらだけでなく、しかし他の個々のものもまた、それらは私たちの目の前に(見えて)見える形で示される、対応物である。

prout domus, utensilia in illis, mensae et cibi, vestes, tum etiam monetae ex auro et argento, ut et adamantes et alii lapides pretiosi, quibus uxores et virgines in caelis exornantur. 例えば〜のような、家()、それらの中の家具(備品)机と食物、衣服、なおまたさらにまた金や銀からの硬貨、またダイヤモンドのようなまた他の宝石、それらで妻や娘たちは天界の中で飾られる。

Nos ex his et illis percipimus qualis unusquisque est quoad amorem et sapientiam. 私たちはそれらやこれらで知覚する、それぞれの者がどのようであるか、愛と知恵に関して。

"Illa quae in domibus nostris sunt, et usibus inserviunt, constantur ibi manent; 「それらは、それらは私たちの家の中にある、また役立ちに仕える、そこに変わらずに残る。

at coram illis, qui a societatibus in societates vagantur, talia mutantur secundum consortia. しかし、彼らの前で、その者は社会から社会へさまよう、それらのものは交わり(交際)にしたがって変えられる。

[3.] Haec tibi ostensa sunt, propter causam ut in typo particulari videas creationem universalem; [3] これらがあなたに示された、理由のために、個々の型(類型)の中に、全世界の創造をあなたが見るように。

Deus enim est ipse Amor et ipsa Sapientia, et Amoris Ipsius sunt infinitae affectiones, et Sapientiae Ipsius sunt infinitae perceptiones, et harum correspondentiae sunt omnia et singula quae super tellure apparent; というのは、神は愛そのものと知恵そのものであるから、また愛そのものは無限の情愛である、また知恵そのものは無限の知覚である、またこれらの対応物はすべてと個々のものである、それらは地の上に見られる。

inde aves et bestiae, inde arbores et frutices, inde segetes et messes, et inde herbae et gramina: ここから鳥と獣が、ここから木と灌木が、ここから作物と収穫物が、またここから草本と草が〔ある〕。

nam Deus non est extensus, sed usque in extenso ubivis; なぜなら、神は広がりではないから、しかし、それでも、ひろがりのどこにも〔存在する〕。

ita in universo a primis ejus ad ultima ejus; このように全世界の中にその最初からその最後まで。

et quia omnipraesens est, tales correspondentiae affectionum Amoris et Sapientiae Ipsius in toto mundo naturali sunt; また、遍在するので、その方の愛と知恵のこのような対応物が全自然界の中にある。

at in nostro mundo, qui vocatur mundus spiritualis, sunt similes correspondentiae apud illos, qui a Deo affectiones et perceptiones recipiunt; しかし、私たちの世界の中で、それは霊界と呼ばれる、同様の相応物が彼らのもとにある、その者は神から情愛と知覚を受け入れる。

discrimen est, quod talia in nostro mundo secundum affectiones angelorum a Deo momento creentur; 相違がある、私たちの世界の中のこのようなものは天使の情愛にしたがって、神により一瞬に創造されること。

in vestro autem mundo in principio similiter creata sint, at provisum est ut per generationes, unius ab altera, perenniter renoventur, et sic creatio continuetur. けれども、あなたがたの世界の中で最初は象用につくられた、しかし、備えられた、生殖によって、一つからもう一つのように、永久不変に新しくされる、またこのように創造が続けられる。

[4.] Causa quod in nostro mundo sit creatio momentanea, et in vestro creatio durans per generationes, est quia atmosphaerae et terrae nostri mundi sunt spirituales, et atmosphaerae et terrae vestri mundi sunt naturales; [4] 理由は、私たちの世界の中で創造が瞬間のものであること、またあなたがたの中で創造が生殖によって継続する、私たちの世界の大気と地が霊的なものであるからである、またあなたがたの世界の大気と地が自然的なもの〔である〕。

ac naturalia creata sunt ut investiant spiritualia, sicut cutes corpora hominum et animalium, cortices et libri caudices et ramos arborum, matres et meninges cerebra, tunica nervos, et philyrae illorum fibras, et sic porro. そして、自然的なものは霊的なものを包むように創造された、皮膚()が人間と動物のからだをのように、樹皮と木の幹や枝(脳の)外皮と脳膜のように、被膜が神経を、また(神経組織の)被覆がそれらの繊維を、等々。

Inde est, quod omnia illa quae in vestro mundo sunt, constantia sint, et constanter in annis redeant." ここからである、すべてのものは、それらは、それらはあなたがたの世界の中にある、定常性がある、また一定不変に年々、繰り返される。

His addidit, "Haec quae vidisti et audivisti, refer incolis tui mundi, quia hactenus in plenaria ignorantia fuerunt de mundo spirituali, et absque ejus notitia nemo potest scire, et ne quidem augurari, quod creatio continua sit in nostro mundo, et quod huic consimilis fuerit in vestro, dum universum a Deo creatum est." これらに言い足した、「これらを、それらはあなたが見た、また聞いた、あなたそ世界の住民に物語れ、霊界について今までまったくの無知の中にあったので、またその知識なしに、だれも知ることができない、また決して推量すること、絶え間のない創造が私たちの世界の中にあること、またこれに非常によく似ているものがあなたがたの〔世界〕中にあったこと、全世界が神により創造された時。

[5.] Post haec locuti sumus varia, et tandem de inferno, quod prorsus nihil ex talibus, quae in caelo, ibi videantur, sed modo opposita; [5] この後、私たちはいろいろなことを話した、また最後に、地獄について、まったくこのようなものからでない、それらは天界の中に、そこに見られる、しかし、単に正反対のもの。

quoniam affectiones amoris illorum, quae sunt cupidites mali, oppositae sunt affectionibus amoris, in quibus sunt angeli caeli. 彼らの愛の情愛は、それらは悪の欲望である、愛の情愛に対立しているからである、それらの中に天界の天使がいる。

Quare apud illos in inferno, et in genere in desertis illorum, apparent aves noctis, ut vespertiliones, ululae et bubones, et quoque lupi, pardi, tigrides, mures majores et minores; それゆえ、地獄の中の彼らのもとに、また全般的に彼らの荒野の中に、夜の鳥が見られる、コウモリのような、モリフクロウとフクロウ、そしてまたオオカミ、ヒョウ、トラ、大小のネズミ。

tum omnis generis serpentes venenati, ut dracones et crocodili; なおまたすべての種類の毒のあるヘビ、竜やワニのような。

et ubi aliquid gramineum est, ibi succrescunt sentes, urticae, spinae et cardui, et aliquae herbae toxicatae, quae per vices evanescunt; また何らかの草があるところに、そこに生長する、イバラ、イラクサ、とげ(イバラ)とアザミ、また何らかの有毒な草本、それらは時々、消える。

et tunc modo apparent strues lapidum, ac paludes, in quibus ranae [4]coaxant. またその時、石の堆積だけが見られる、そして湿地、それらの中でカエルがゲロゲロと鳴く。

Haec et illa sunt quoque correspondentiae; これらとそれらもまた対応物である。

sed ut dictum est, correspondentiae affectionum amoris illorum, quae sunt cupiditates mali. しかし、言われたように、彼らの悪の情愛の対応物、それらは悪の欲望である。

Attamen talia non a Deo creantur ibi, nec creata sunt in mundo naturali, ubi similia existunt; しかしながら、このようなものは神によりそこに創造されない、自然界の中でも創造されない、そこに似たものが存在するようになる。

nam omnia, quae Deus creavit et creat, fuerunt et sunt bona; なぜなら、すべての者は、それらを神が創造した、また創造する、善であった、また〔善〕である。

ast talia super tellure exorta sunt una cum inferno, quod ex hominibus, qui per aversionem a Deo, post mortem facti sunt diaboli et satanae, exstitit. しかし、地球の上のこのようなものは(存在するようになった)、地獄と一緒に発生した、人間から、その者は神からの離反によって、死後、悪魔とサタンになった。

Sed quia haec dira inceperunt laedere aures nostras, avertimus cogitationes ab illis, et recollegimus illa, quae in caelis vidimus. しかし、これらの恐ろしいものが私たちの耳を害することを始めたので、私たちはそれらから思考で避けた(離れた)また私たちはそれらを思い出した、それらは天界の中でわつぃたちは見た。

@1 cervo pro "cervas" 注1 cervas」の代わりにcervo〔雌鹿⇒鹿〕〔りっぱな角があるので雄鹿〕

@2 miliis pro "miniis" 注2 miniis」の代わりにmiliis〔ミスプリ?〕

@3 narrabat (cum exemplo Auctoris) pro "narabant" 注3 narabant」の代わりにnarrabant(著者の写し()に)〔-rr-が正しい綴り〕

@4 coaxant pro "crocitant" 注4 crocitant☆」の代わりにcoaxant

これは「鳥がガーガー鳴く」を意味します。

author:yasubee, category:原典講読『真教』第1章, 04:12
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原典講読『真のキリスト教』 77
 

原文

77. Secundum Memorabile:

 

Quodam mane, cum evigilatus e somno, in luce matutina et serena ante plenam vigiliam meditans, vidi trans fenestram sicut fulgur micans, et mox audivi sicut tonitru crepans. Cum miratus sum unde hoc, audivi e caelo, quod sint aliqui non procul a me, qui acriter ratiocinantur de Deo et Natura, et quod vibratio lucis sicut fulguris, et crepor aeris sicut tonitru, essent correspondentiae et inde apparentiae pugnae et collisionis argumentorum, ab una parte pro Deo, et ab altera pro natura.

Principium hujus spiritualis pugnae fuit hoc: Erant aliqui satanae in inferno, qui dixerunt inter se, "Utinam liceret nobis cum angelis caeli loqui, ac prorsus et plene demonstrabimus quod natura sit quam vocant Deum a quo omnia, ita ut Deus sit modo vox, nisi intelligatur natura;" et quia satanae illi toto corde et tota anima id crediderunt, et cupiverunt cum angelis caeli loqui, datum est illis e luto ac e tenebris inferni ascendere, et cum duobus angelis tunc descendentibus e caelo loqui. [2.] Erant in mundo spirituum, qui inter caelum et infernum medius est. Satanae ibi visis angelis velociter accurrerunt, et furiosa voce clamabant, "Estis vos angeli caeli, cum quibus ratiocinando de Deo et de natura licet congredi? Vocamini sapientes, quia agnoscitis Deum; sed oh quam simplices estis; quis vidit Deum? quis intelligit quid Deus? quis capit quod Deus regat et regere possit universum, ac omnia et singula ejus? Quis nisi plebs et vulgus agnoscit quod non videt et intelligit? Quid exstantius est, quam quod natura sit omne in omnibus? Quis videt aliud oculo quam naturam? quis audivit aliud aure quam naturam? quis odoravit aliud nare quam naturam? quis gustavit aliud lingua quam naturam? quis aliquo tactu manus et corporis sensit aliud quam naturam? Suntne sensus corporis nostri testes veritatum? quis non potest ex illis jurare quod ita sit? Estne respiratio ex qua etiam vivit corpus nostrum, testis? quid respiramus aliud quam naturam? Suntne capita nostra et vestra in natura? unde influxus in cogitationes capitum, nisi ex illa? Si aufertur illa, num potestis cogitare quicquam?" Praeter plura similis farinae ala.

[3.] His auditis angeli responderunt, "Vos ita loquimini, quia estis mere sensuales; omnes in inferno ideas cogitationum sensibus corporis habent immersas, nec possunt supra illos elevare mentes; quare nos ignoscimus vobis; vita mali et inde fides falsi occlusit interiora mentium vestrarum, usque ut elevatio supra sensualia apud vos non dabilis sit, nisi in statu remoto a malis vitae et a falsis fidei; nam satanas aeque ac angelus potest intelligere verum cum illud audit, sed non retinet, quia malum oblitterat verum, et inducit falsum. Sed percipimus, quod vos sitis in statu remoto, et quod sic possitis intelligere verum quod loquimur; quare attendite ad haec quae dicemus.

Et dixerunt, "Fuistis in mundo naturali, et obivistis ibi, et nunc estis in mundo spirituali; num prius quam nunc scivistis aliquid de vita post mortem? numne prius negavistis eam, et fecistis vos pares bestiis? Num prius aliquid scivistis de caelo et inferno, num aliquid de luce et calore hujus mundi? num de eo, quod non amplius sitis intra naturam, sed supra illam? est enim hic mundus et sunt omnia ejus spiritualia, et spiritualia sunt supra naturalia, adeo ut ne quidem minimum naturae, in qua fuistis, possit in hunc mundum influere: sed vos, quia naturam credidistis deum aut deam, creditis etiam lucem et calorem hujus mundi esse lucem et calorem mundi naturalis, cum tamen ne hilum sit; nam lux naturalis hic est caligo, et calor naturalis hic est frigus. Num aliquid scivistis de Sole hujus mundi, ex quo nostra lux et noster calor procedunt? Num scivistis, quod hic Sol sit purus amor, et quod sol mundi naturalis sit purus ignis; et quod sol mundi, qui est purus ignis, sit ex quo natura exstitit et subsistit; et quod sol caeli, qui est purus amor, sit ex quo ipsa vita, quae est amor una cum sapientia, existit et subsistit; et sic quod natura, quam facitis deum aut deam, sit plane mortua? [4.] Vos potestis, si custodia vobis datur, cum nobis ascendere in caelum; et nos possumus, si custodia datur, cum vobis descendere in infernum; et videbitis in caelo magnifica et splendida, at in inferno turpia et immunda: discrimina illa sunt quia omnes in caelo colunt Deum, et omnes in inferno colunt naturam; ac magnifica et splendida illa in caelis, sunt correspondentiae affectionum amoris boni et veri, at turpia et immunda illa in infernis, sunt correspondentiae affectionum amoris mali et falsi. Ex his et illis concludite nunc, num Deus vel num Natura sit omne in omnibus."

Ad haec satanae responderunt, "In statu, in quo nunc sumus, possumus ex auditis concludere, quod Deus sit; sed cum jucundum mali occupat mentes nostras, non videmus nisi naturam." [5.] Duo illi angeli et [duo] satanae non procul a me stabant; quare illos vidi et audivi: et ecce vidi circum illos multos, qui celebres eruditione in mundo naturali fuerant; ac miratus sum, quod eruditi illi nunc starent juxta angelos, nunc juxta satanas, et quod illis, juxta quos stabant, faverent: et dictum mihi est, quod mutationes situs illorum, essent mutationes status illorum mentis faventis nunc parti uni nunc parti alteri, erant enim quoad fidem sicut vertumni. "Et dicemus tibi mysterium: Despeximus in terram ad celebres eruditione, et invenimus sexcentos ex mille pro natura, et reliquos pro Deo; et hos pro Deo, quia non ex intellectu, sed modo ex auditis quod natura sit a Deo, frequenter locuti sunt; et frequens loquela ex memoria et reminiscentia, tametsi non simul ex cogitatione et intelligentia, infert speciem fidei."

[6.] Post haec data est satanis custodia, et cum duobus angelis ascenderunt in caelum, ac viderunt magnifica et splendida; et tunc in illustratione a luce caeli ibi agnoverunt quod Deus sit, et quod natura creata sit ad inserviendum vitae, quae a Deo est; et quod natura in se mortua sit, et quod sic a se nihil agat, sed a vita agatur. Illis visis et perceptis descenderunt, et sicut descendebant, rediit amor mali, et occlusit intellectum illorum supra, et aperuit illum infra, et tunc supra illum apparuit sicut umbraculum fulgurans ex igne infernali; et actutum cum tetigerunt terram pedibus, hiabat solum sub illis, et relapsi sunt ad suos.

 

直訳

77. Secundum Memorabile:― 第二のメモラビリア

Quodam mane, cum evigilatus e somno, in luce matutina et serena ante plenam vigiliam meditans, vidi trans fenestram sicut fulgur micans, et mox audivi sicut tonitru crepans. ある朝、眠りから目覚めての時、朝また晴れた(穏やかな)光の中で、完全な目覚めの前に瞑想しながら、私は窓を越えて、稲妻の閃光のようなものを見た、またじきに、雷鳴のような鋭い音を聞いた。

Cum miratus sum unde hoc, audivi e caelo, quod sint aliqui non procul a me, qui acriter ratiocinantur de Deo et Natura, et quod vibratio lucis sicut fulguris, et crepor aeris sicut tonitru, essent correspondentiae et inde apparentiae pugnae et collisionis argumentorum, ab una parte pro Deo, et ab altera pro natura. これがどこからか私が怪しんでいるとき、私は天界から聞いた、ある者たちが私から遠くない〔ところに〕いること、その者たちは鋭く推論している、神と自然について、また稲妻のような光のひらめきと、雷鳴のような空気の鋭い音は、論証の戦いと衝突の対応(するもの)とここからの外観であった、一方の側により神のために(賛成して)、またもう一方〔の側〕により自然のために(賛成して)

Principium hujus spiritualis pugnae fuit hoc: この霊的な戦いの始まりはこれであった――

Erant aliqui satanae in inferno, qui dixerunt inter se, "Utinam liceret nobis cum angelis caeli loqui, ac prorsus et plene demonstrabimus quod natura sit quam vocant Deum a quo omnia, ita ut Deus sit modo vox, nisi intelligatur natura;" 地獄の中に何らかの(数人の)サタンたちがいた、その者は互いに(自分たちの間で)した、「私たちに天界の天使たちと話すことが許されればよいのに、そして完全にまったく私たちが示す(論証する)、自然が神と呼ぶものであること、それらからすべてのもの〔がある〕、そのように神は単なる言葉であること、自然を意味しないなら」。

et quia satanae illi toto corde et tota anima id crediderunt, et cupiverunt cum angelis caeli loqui, datum est illis e luto ac e tenebris inferni ascendere, et cum duobus angelis tunc descendentibus e caelo loqui. また、そのサタンたちは全部の心でまた全部の精神でそのことを信じたので、また天界の天使たちと話すこと欲した、彼らに地獄の泥からまた暗やみから上ることが与えられた、また二人の天使がその時、降って来て、話すこと〔が与えられた〕。

[2.] Erant in mundo spirituum, qui inter caelum et infernum medius est. [2] 彼らは霊たちの世界の中にいた、それは天界と地獄の中間にある。

Satanae ibi visis angelis velociter accurrerunt, et furiosa voce clamabant, "Estis vos angeli caeli, cum quibus ratiocinando de Deo et de natura licet congredi? サタンたちはそこに天使たちを見て、すばやく走り寄った、また激怒した声で叫んだ、「あなたたちは天界の天使ですね? その者に神についてと自然について推論しに集まることが許されている。

Vocamini sapientes, quia agnoscitis Deum; あなたがたは賢明な者たちと呼ばれます、あなたがたは神を認めるので。

sed oh quam simplices estis; しかし、おお、なんとあなたがたは単純な者たちでしょう。

quis vidit Deum? だれが神を見ましたか?

quis intelligit quid Deus? だれが、神が何か理解しますか?

quis capit quod Deus regat et regere possit universum, ac omnia et singula ejus? だれが把握しますか? 神が全世界、そしてそのすべてと個々のものを支配し、支配することができること。

Quis nisi plebs et vulgus agnoscit quod non videt et intelligit? 庶民や大衆でないなら、だれが認めますか? 〔その者が〕見ないまた理解しないものを。

Quid exstantius est, quam quod natura sit omne in omnibus? 何がさらに明らかではありませんか?自然がすべての中のすべてであること以外に。

Quis videt aliud oculo quam naturam? だれが何らかのものを目で見ますか? 自然以外に。

quis audivit aliud aure quam naturam? だれが何らかのものを耳で聞きますか? 自然以外に。

quis odoravit aliud nare quam naturam? だれが何らかのものを鼻でかぎますか? 自然以外に。

quis gustavit aliud lingua quam naturam? だれが何らかのものを舌で味わいますか? 自然以外に。

quis aliquo tactu manus et corporis sensit aliud quam naturam? だれが手と身体の何らかの触覚で何らかのものを感じますか? 自然以外に。

Suntne sensus corporis nostri testes veritatum? 私たちの身体の感覚は真理の証人ですね?

quis non potest ex illis jurare quod ita sit? だれがそれらから誓うことができませんか? そのようであること。

Estne respiratio ex qua etiam vivit corpus nostrum, testis? 呼吸は証人ですね? それからもまた私たちの身体は生きている。

quid respiramus aliud quam naturam? 私たちが呼吸する何らかのものは、自然以外に何〔ですか〕?

Suntne capita nostra et vestra in natura? 私たちのまたあなたがたの頭は自然の中にありますね?

unde influxus in cogitationes capitum, nisi ex illa? どこから流入は思考の中に与えられますか? 彼女(自然)からでないなら。

Si aufertur illa, num potestis cogitare quicquam?" もし、彼女(自然)が取り去られるなら、あなたがたはどんなものでも考えることができますか?」

Praeter plura similis farinae ala. ほかに同様の多くのもの、別の種類の。

[3.] His auditis angeli responderunt, "Vos ita loquimini, quia estis mere sensuales; [3] これらで聞いて、天使たちは答えた、「あなたがたはそのように話します、あなたがたは単に感覚的であるので。

omnes in inferno ideas cogitationum sensibus corporis habent immersas, nec possunt supra illos elevare mentes; 地獄の中のすべての者は思考の観念を身体の感覚で沈めたものを持っています、その上に心を上げることもできません。

quare nos ignoscimus vobis; それゆえ、私たちはあなたがたに許します。

vita mali et inde fides falsi occlusit interiora mentium vestrarum, usque ut elevatio supra sensualia apud vos non dabilis sit, nisi in statu remoto a malis vitae et a falsis fidei; 悪の生活とここからの虚偽の信仰があなたがたの心の内的なものを閉ざしています、あなたがたのもとの感覚的なものの上に高揚がありえないようにまでも、悪の生活と信仰の虚偽から遠く離れた状態のなかでないなら。

nam satanas aeque ac angelus potest intelligere verum cum illud audit, sed non retinet, quia malum oblitterat verum, et inducit falsum. なぜなら、サタンは天使と等しく、真理をそれを聞くとき、理解することができるからです、しかし、心に留めません(保持しません)、悪が真理を消し去るからです、また虚偽を引き入れる。

Sed percipimus, quod vos sitis in statu remoto, et quod sic possitis intelligere verum quod loquimur; しかし、私たちは知覚します(認めます)、あなたがたが遠く離れた状態の中にいること、またこのように真理を理解できること、それを私たちが話す。

quare attendite ad haec quae dicemus. それゆえ、これらに留意しなさい、それらを私たちが話す。

Et dixerunt, "Fuistis in mundo naturali, et obivistis ibi, et nunc estis in mundo spirituali; また、彼らは言った、「あなたがたは自然界にいました、またそこに死んだ、また、今や、霊界の中にいます。

num prius quam nunc scivistis aliquid de vita post mortem? 以前に、今以外に、死後の生活について何らかのものを知りましたか?

numne prius negavistis eam, et fecistis vos pares bestiis? 以前に、それを否定しませんでしたか、また、あなたがたはあなたがたを獣(動物)等しくしませんでしたか?

Num prius aliquid scivistis de caelo et inferno, num aliquid de luce et calore hujus mundi? 以前に、あなたがたは天界と地獄について何らかのものを知りましたか、この世界の熱と光について何らかのものを〔知りました〕か?

num de eo, quod non amplius sitis intra naturam, sed supra illam? そのことについて〔知りました〕か? もはやあなたがたは自然の内にいないこと、しかし、その上に。

est enim hic mundus et sunt omnia ejus spiritualia, et spiritualia sunt supra naturalia, adeo ut ne quidem minimum naturae, in qua fuistis, possit in hunc mundum influere: というのは、この世界は、そのすべてのものが霊的である〔世界〕であるから、また霊的なものは自然的なものの上にある、これほどのように、自然の最小のものも、その中にあなたがたはいた、決してこの世界の中に流入することができない〔ように〕。

sed vos, quia naturam credidistis deum aut deam, creditis etiam lucem et calorem hujus mundi esse lucem et calorem mundi naturalis, cum tamen ne hilum sit; しかし、あなたがたは、自然を神または女神と信じたので、さらにまたこの世界の熱と光を自然界の熱と光であると信じています。

nam lux naturalis hic est caligo, et calor naturalis hic est frigus. なぜなら、自然的な光はここに暗黒であるから、また自然的な熱はここに冷たさ。

Num aliquid scivistis de Sole hujus mundi, ex quo nostra lux et noster calor procedunt? あなたがたはこの世界の太陽について何らかのものを知らなかったか? それ〔太陽〕から私たちの光と私たちの熱は発出しています。

Num scivistis, quod hic Sol sit purus amor, et quod sol mundi naturalis sit purus ignis; 知らなかったか? この太陽は純粋な愛であること、また自然界の太陽は純粋は火であること。

et quod sol mundi, qui est purus ignis, sit ex quo natura exstitit et subsistit; また、世の太陽は、それは純粋な火です、それ〔太陽〕から自然は存在するようになり、また存続します。

et quod sol caeli, qui est purus amor, sit ex quo ipsa vita, quae est amor una cum sapientia, existit et subsistit; また、天界の太陽は、それは純粋な愛である、それ〔太陽〕からいのちそのものがある、それは知恵と一緒の愛である、存在するようになり、また存続する。

et sic quod natura, quam facitis deum aut deam, sit plane mortua? またこのように、自然は、それをあなたがたは神または女神とします、まったく死んだものであること?

[4.] Vos potestis, si custodia vobis datur, cum nobis ascendere in caelum; [4] あなたがたはできます、もし、あなたがたに保護(守衛)与えられるなら、私たちと天界の中に上がること。

et nos possumus, si custodia datur, cum vobis descendere in infernum; また、私たちはできます、もし、保護(守衛)与えられるなら、あなたがたと地獄の中に下ること。

et videbitis in caelo magnifica et splendida, at in inferno turpia et immunda: また、あなたがたは天界の中でりっぱなものとみごとなものを見ます、しかし地獄の中で醜いものときたないものを。

discrimina illa sunt quia omnes in caelo colunt Deum, et omnes in inferno colunt naturam; それらの相違があります、天界の中のすべての者は神を礼拝するので、また地獄の中のすべての者は自然を礼拝する。

ac magnifica et splendida illa in caelis, sunt correspondentiae affectionum amoris boni et veri, at turpia et immunda illa in infernis, sunt correspondentiae affectionum amoris mali et falsi. そして、天界の中のりっぱでみごとなそれらのものは、善と真理への愛の情愛の対応(するもの)す、しかし、地獄の中の醜くきたないそれらのものは、悪と虚偽への愛の情愛の対応(するもの)す。

Ex his et illis concludite nunc, num Deus vel num Natura sit omne in omnibus." これらとそれらから結論しなさい、今や、神なのかあるいは自然なのか、すべての中のすべてである〔のは〕」

Ad haec satanae responderunt, "In statu, in quo nunc sumus, possumus ex auditis concludere, quod Deus sit; これにサタンたちは答えた、「状態の中で、その中に、今や、私たちがいる、私たちは聞いたことから結論することができる、神がいること。

sed cum jucundum mali occupat mentes nostras, non videmus nisi naturam." しかし、悪の快さが私たちの心を占めるとき、私たちは自然でないなら見ません」。

[5.] Duo illi angeli et [duo] satanae non procul a me stabant; [5] それらの二人の天使と(二人の)タンたちが私から遠くない〔ところに〕立った。

quare illos vidi et audivi: それゆえ、私は彼らを見た、また聞いた。

et ecce vidi circum illos multos, qui celebres eruditione in mundo naturali fuerant; また、見よ、私は彼らのまわりに多くの者を見た、その者たちは自然界からの有名な博学な者たちであった。

ac miratus sum, quod eruditi illi nunc starent juxta angelos, nunc juxta satanas, et quod illis, juxta quos stabant, faverent: そして、私は怪しんだ、その博学な者たちが時には天使の近くに、また時にはサタンの近くに立った、また彼らに、彼らの近くに立った、賛同したこと。

et dictum mihi est, quod mutationes situs illorum, essent mutationes status illorum mentis faventis nunc parti uni nunc parti alteri, erant enim quoad fidem sicut vertumni. また、私に言われた、彼らの位置の変化は、彼らの心の賛成(是認)状態の変化であったこと、時には一つの側にまた時にはもう一つの側に、というのは、信仰に関してウェルトゥムヌス(変化の神)のようであったから。

ウェルトゥムヌスはローマ神話で四季の推移の神。形の変化や変わりやすさの典型。

"Et dicemus tibi mysterium: 「また、私たちはあなたに秘密(神秘)言います――

Despeximus in terram ad celebres eruditione, et invenimus sexcentos ex mille pro natura, et reliquos pro Deo; 私たちは地の中の有名な博学な者に()下します、また私たちは見つけます、自然のために(賛成して)、千から六百の者を、また残りの者を、神のために(賛成して)

et hos pro Deo, quia non ex intellectu, sed modo ex auditis quod natura sit a Deo, frequenter locuti sunt; 神のために(賛成して)これらの者を〔見つける〕、理解力からでないので、しかし、単に聞いたことから、自然は神からであることを、しばしば話している。

author:yasubee, category:原典講読『真教』第1章, 03:36
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原典講読『真のキリスト教』 76
 

原文

76. Primum Memorabile:

 

Quodam die in meditatione de creatione universi fui; et quia hoc perceperunt angeli supra me a latere dextro, ubi erant qui de eadem aliquoties meditati et ratiocinati sunt, quare unus descendit et invitavit me; et factus sum in spiritu, et comitatus sum illum; et postquam intravi, deductus sum ad principem, in cujus aula congregatos ad centenos vidi, et princeps in medio illorum.

Et tunc unus ex illis dixit, "Percepimus hic quod meditatus sis de creatione universi, et nos in simili meditatione aliquoties fuimus, sed non potuimus concludere, quoniam cogitationibus nostris inhaesit idea de chao, quod hoc sicut magnum ovum fuerit, ex quo exclusa fuerunt omnia et singula universi in suo ordine; cum tamen nunc percipimus, quod tantum universum non potuerit ita excludi. Tum etiam inhaesit mentibus nostris idea alia, quae erat, quod a Deo omnia creata sint ex nihilo; et tamen nunc percipimus, quod ex nihilo nihil fiat: et ex his duabus ideis mentes nostrae nondum se potuerunt evolvere, et in aliqua luce videre creationem quomodo facta est; quapropter evocavimus te e loco ubi eras, ut de illa tuam meditationem expromas."

[2.] His auditis, respondi, "Expromam." Et dixi, "De hoc diu meditatus sum, sed in vanum; at postea cum a Domino intromissus sum in vestrum mundum, percepi quod vanum esset aliquid de creatione universi concludere, nisi prius sciatur, quod duo mundi sint, unus in quo angeli sunt, et alter in quo homines; et quod hi per mortem e suo in alterum transcendant; et tunc etiam vidi quod duo soles essent, unus ex quo omnia spiritualia profluunt, et alter ex quo omnia naturalia; et quod sol, ex quo omnia spiritualia profluunt, sit purus Amor a Jehovah Deo, qui in medio ejus est; et quod sol, ex quo omnia naturalia profluunt, sit purus ignis. His cognitis, quondam cum in illustratione eram, datum est percipere, quod a Jehovah Deo per Solem, in cujus medio est, universum creatum sit; et quia amor non dabilis est nisi una cum sapientia, quod a Jehovah Deo ex suo Amore per suam Sapientiam universum creatum sit. Quod ita sit, convincunt omnia et singula, quae vidi in mundo ubi vos estis, et quae vidi in mundo in quo ego corpore sum. [3.] Quomodo autem a primordio suo progressio creationis facta est, nimis prolixum est exponere; sed cum in illustratione fui, percepi, quod mediis luce et calore ex Sole vestri mundi creatae sint atmosphaerae spirituales, quae in se sunt substantiales, una ex altera; quae quia tres sunt, et inde tres gradus earum, tres caeli facti sunt, unum pro angelis qui in supremo gradu amoris et sapientiae sunt, alterum pro angelis qui in secundo gradu, et tertium pro angelis qui in ultimo gradu: sed quia universum hoc spirituale non potest existere absque universo naturali, in quo illud ageret suos effectus et usus, quod simul tunc sol, ex quo omnia naturalia procedunt, creatus sit, et per hunc similiter, mediis luce et calore, tres atmosphaerae ambientes priores illas, sicut putamina nucleos, aut philyrae ligna, et tandem per has orbis terraqueus, ubi homines, bestiae, pisces, tum arbores, frutices et herbae, ex terris quae ex humis, lapidibus et mineris consistunt. [4.] Ast haec est sciagraphia communissima creationis et ejus progressionis; at particularia et singularia non possunt exponi, nisi per volumina librorum; verum omnia concludunt hoc, quod Deus non creaverit universum ex nihilo, quia, ut dixistis, ex nihilo nihil fit, sed per Solem caeli angelici, qui est ex Esse Ipsius, et inde purus Amor una cum Sapientia. Quod universum, per quod intelligitur uterque mundus, spiritualis et naturalis, ex Divino Amore per Divinam Sapientiam creatum sit, omnia et singula ejus testantur et contestantur; et vos, si illa in ordine et connexu expenditis, ex luce, in qua perceptiones intellectus vestri sunt, potestis clare videre: at tenendum est, quod Amor et Sapientia, quae in Deo unum faciunt, non sint amor et sapientia in sensu abstracto, sed in Ipso ut Substantia; nam Deus est ipsa, unica et inde prima Substantia et Essentia, quae in se Est et Subsistit. [5.] Quod omnia et singula ex Divino Amore et Divina Sapientia creata sint, intelligitur per haec apud Johannem,

 

'Verbum erat apud Deum, et Deus erat Verbum; ....omnia per Ipsum facta sunt; ....et mundus per Ipsum factus est' (cap. i. 1, 3, 10).

 

'Deus' ibi significat Divinum Amorem, et 'Verbum' significat Divinum Verum, seu Divinam Sapientiam, quare Verbum ibi appellatur Lux, et per 'lucem,' ubi de Deo, intelligitur Divina Sapientia."

His peractis, cum vale dicerem, micae lucis e Sole ibi per caelos angelicos delapsae sunt in oculos illorum, et per hos in habitacula mentis illorum; et sic illustrati dictis a me faverunt, et postea in atrium me secuti sunt, et prior comes ad domum ubi eram, et abinde in societatem suam reascendit.

 

直訳

76. Primum Memorabile:― 第一のメモラビリア――

Quodam die in meditatione de creatione universi fui; かつての日、私は全世界の創造についての熟考(瞑想)の中にいた。

et quia hoc perceperunt angeli supra me a latere dextro, ubi erant qui de eadem aliquoties meditati et ratiocinati sunt, quare unus descendit et invitavit me; またこのことを私の上の右側から天使たちが知覚したので、そこにいた、その者たちは同じことについて数回、瞑想し、また推論した、それゆえ、降りてきた、また私を招待した。

et factus sum in spiritu, et comitatus sum illum; また私は霊の中にいた、また私は彼をゆだねた。

et postquam intravi, deductus sum ad principem, in cujus aula congregatos ad centenos vidi, et princeps in medio illorum. また私が入った後に、私は指導(君主)案内された、その大広間(宮殿)の中に数百〔人〕に〔達する〕集まった者を私は見た、また指導(君主)は彼らの真ん中に〔いた〕。

Et tunc unus ex illis dixit, "Percepimus hic quod meditatus sis de creatione universi, et nos in simili meditatione aliquoties fuimus, sed non potuimus concludere, quoniam cogitationibus nostris inhaesit idea de chao, quod hoc sicut magnum ovum fuerit, ex quo exclusa fuerunt omnia et singula universi in suo ordine;  また、その時、彼らからの一人が言った、「私たちは、この場所に、知覚した、あなたが全世界の創造について瞑想していること、また私たちは同様の瞑想の中に数回いた、しかし、私たちは結論することができなかった、私たちの思考にカオス☆についての観念がこびりついているので、このことは大きな卵からのように生じたこと、それから孵化した、全世界のすべてと個々のものは、その秩序の中に(適切な順序で)

「混沌」とも訳せます、特に世界の原始状態を意味します。

cum tamen nunc percipimus, quod tantum universum non potuerit ita excludi. そのときそれでも、今や、私たちは知覚する、それでも全世界はそのように孵化できなかったこと。

Tum etiam inhaesit mentibus nostris idea alia, quae erat, quod a Deo omnia creata sint ex nihilo; なおまたさらにまた、私たちの心に他の観念がこびりついている、神によりすべてのものは無から創造されたこと。

et tamen nunc percipimus, quod ex nihilo nihil fiat: それでも、今や、私たちは知覚する、無から何も生じないこと。

et ex his duabus ideis mentes nostrae nondum se potuerunt evolvere, et in aliqua luce videre creationem quomodo facta est; またこれらの二つの観念から私たちの心はまだころがり出る(解かれる)ことができない、また何らかの光の中で創造を見ること、どのようになされたか。

quapropter evocavimus te e loco ubi eras, ut de illa tuam meditationem expromas." そのために、私たちはあなたを呼び出した、そこにあなたがいた場所から、あなたが瞑想したことをあなたが明らかにするように」。

[2.] His auditis, respondi, "Expromam." [2] これらで聞いて、私は答えた、「明らかにしましょう」。

Et dixi, "De hoc diu meditatus sum, sed in vanum; 私は言った、「このことについて、長い間、私は瞑想しました、しかし、むだ〔でした。〕

at postea cum a Domino intromissus sum in vestrum mundum, percepi quod vanum esset aliquid de creatione universi concludere, nisi prius sciatur, quod duo mundi sint, unus in quo angeli sunt, et alter in quo homines; しかし、その後、主によりあなたがたの世界に入れられたとき、私は知覚しました、全世界の創造について何らかのものを結論することがむだであること、最初に知られないのなら、二つの世界があること、一つはその中に天使がいる、またもう一つはその中に人間が〔いる〕。

et quod hi per mortem e suo in alterum transcendant; また、これらの者は、死後、自分のものから他のものの中に移ることです。

et tunc etiam vidi quod duo soles essent, unus ex quo omnia spiritualia profluunt, et alter ex quo omnia naturalia; またその時、さらに私は見ました、二つの太陽があった(ある)こと、一つはそれからすべての霊的なものが流れ出ます、またもう一つはそれからすべての自然的なものが。

et quod sol, ex quo omnia spiritualia profluunt, sit purus Amor a Jehovah Deo, qui in medio ejus est; またその太陽は、それからすべての霊的なものが流れ出ます、神エホバからの純粋な愛です、その真ん中にその方がいます。

et quod sol, ex quo omnia naturalia profluunt, sit purus ignis. またその太陽は、それからすべての自然的なものが流れ出ます、純粋な火です。

His cognitis, quondam cum in illustratione eram, datum est percipere, quod a Jehovah Deo per Solem, in cujus medio est, universum creatum sit; これらの知識で、かつて、私が照らしの中にあったとき、知覚することが与えられました、神エホバから太陽によって、その真ん中におられる、全世界が創造されたこと。

et quia amor non dabilis est nisi una cum sapientia, quod a Jehovah Deo ex suo Amore per suam Sapientiam universum creatum sit. また愛は知恵と一緒でないならありえないので、神エホバによりご自分の愛からご自分の知恵によって全世界は創造されました。

Quod ita sit, convincunt omnia et singula, quae vidi in mundo ubi vos estis, et quae vidi in mundo in quo ego corpore sum. そのようであることは、すべてと個々のものが確信させます、それらを私は世の中で見た、そこにあなたがたはいる、またそれらを私は世の中で見た、そこに私が身体でいる。

[3.] Quomodo autem a primordio suo progressio creationis facta est, nimis prolixum est exponere; [3] けれども、創造のその進行が始まりからどのようであったかは、説明することはあまりに長たらしいものです。

sed cum in illustratione fui, percepi, quod mediis luce et calore ex Sole vestri mundi creatae sint atmosphaerae spirituales, quae in se sunt substantiales, una ex altera; しかし、私が照らしの中にいたとき、私は知覚しました、あなたがたの世界の太陽からの光と熱が手段で、霊的な大気が創造されたことです、それらは本質的に実体的なものです、一つはもう一つから〔と〕。

quae quia tres sunt, et inde tres gradus earum, tres caeli facti sunt, unum pro angelis qui in supremo gradu amoris et sapientiae sunt, alterum pro angelis qui in secundo gradu, et tertium pro angelis qui in ultimo gradu: それらは三つあるので、またここからそれらの三つの段階が〔あり〕、三つの天界がつくられました、一つは天使のための〔もの〕彼らは愛と知恵の最高の段階の中にいます、もう一つは天使のための〔もの〕彼らは第二の段階の中に、また第三のものは天使のための〔もの〕彼らは最も低い段階の中に〔います〕。

sed quia universum hoc spirituale non potest existere absque universo naturali, in quo illud ageret suos effectus et usus, quod simul tunc sol, ex quo omnia naturalia procedunt, creatus sit, et per hunc similiter, mediis luce et calore, tres atmosphaerae ambientes priores illas, sicut putamina nucleos, aut philyrae ligna, et tandem per has orbis terraqueus, ubi homines, bestiae, pisces, tum arbores, frutices et herbae, ex terris quae ex humis, lapidibus et mineris consistunt. しかし、この霊的な()世界は自然的な()世界なしに存在するようになることができないので、その〔自然界〕中でそれ〔霊界〕が自分の結果と役立ちを行なう、同時に、その時、太陽が、それ〔太陽〕からすべての自然的なもの発出する、創造された〔のです〕、またこれによって同様に、熱と光を手段として、三つの大気がそれら前のものを取り囲んで、外皮が種を〔取り囲む〕ように、または樹皮が木を〔取り囲む〕ように、また最後にこれらによって水陸の地球が、そこに人間が、獣、魚、さらに木、灌木と草が〔あり〕、地から、それらは土、石と鉱石から成り立つ。

[4.] Ast haec est sciagraphia communissima creationis et ejus progressionis; [4] しかし、これらは創造の最も全般的な概略とその進行です。

at particularia et singularia non possunt exponi, nisi per volumina librorum; しかし、詳細と個々のものは説明されることができません、本の本(大きな塊)によってでないなら。

verum omnia concludunt hoc, quod Deus non creaverit universum ex nihilo, quia, ut dixistis, ex nihilo nihil fit, sed per Solem caeli angelici, qui est ex Esse Ipsius, et inde purus Amor una cum Sapientia. けれども、すべてのものはこのことを結論します、神は無から全世界を創造されなかったこと、あなたがたが言われたように、無からは何も生じません、しかし、天使の天界の太陽によって〔であること〕、それはその方のエッセから存在します、またここから知恵と一緒(一つの)純粋な愛〔です〕。

Quod universum, per quod intelligitur uterque mundus, spiritualis et naturalis, ex Divino Amore per Divinam Sapientiam creatum sit, omnia et singula ejus testantur et contestantur; 全世界は、それによって両方の世界が意味されます、霊的と自然的な、神的な知恵によって神的な愛から創造されました、そのすべてと個々のものは証言し、証明します。

et vos, si illa in ordine et connexu expenditis, ex luce, in qua perceptiones intellectus vestri sunt, potestis clare videre: またあなたがたは、もしそれらを秩序と関連(関係)の中で熟考するなら、光から、その中にあなたがたの理解力の知覚があり、はっきりと見ることができます。

at tenendum est, quod Amor et Sapientia, quae in Deo unum faciunt, non sint amor et sapientia in sensu abstracto, sed in Ipso ut Substantia; しかし、把握すべきです、愛と知恵は、それらは神の中で一つとなっています、抽象的な意味で愛と知恵ではなく、しかし実体としてその方の中に〔ある〕ことです。

nam Deus est ipsa, unica et inde prima Substantia et Essentia, quae in se Est et Subsistit. なぜなら、神は、唯一のものとここから最初の実体と本質ものであるからです、それらは本質的に、存在し、存続します。

[5.] Quod omnia et singula ex Divino Amore et Divina Sapientia creata sint, intelligitur per haec apud Johannem, [5] すべてと個々のものが神的な愛と神的な知恵から創造されたことは、ヨハネのもとのこれらによって意味されます、

'Verbum erat apud Deum, et Deus erat Verbum; 「ことばは神のもとにあった。またことばは神であった。

....omnia per Ipsum facta sunt; ……すべてのものはその方によってつくられた。

....et mundus per Ipsum factus est' (cap. i. 1, 3, 10). ……また世はその方によってつくられた」(1:1, 3, 10)

'Deus' ibi significat Divinum Amorem, et 'Verbum' significat Divinum Verum, seu Divinam Sapientiam, quare Verbum ibi appellatur Lux, et per 'lucem,' ubi de Deo, intelligitur Divina Sapientia." そこに「神」は神的な愛を意味し、また「ことば」は神的な真理を、すなわち、神的な知恵を意味し、それゆえ、ことばはそこに光と呼ばれています、また「光」によってそこに神について〔扱われているとき〕、神的な知恵が意味されます」。

His peractis, cum vale dicerem, micae lucis e Sole ibi per caelos angelicos delapsae sunt in oculos illorum, et per hos in habitacula mentis illorum; これらで成し遂げられて、私がさよならを言ったとき、そこに太陽から光の小さな輝きが天使の天界を通って降りてきた、彼らの目の中に、またこれらを通って彼らの心の住まいの中に。

et sic illustrati dictis a me faverunt, et postea in atrium me secuti sunt, et prior comes ad domum ubi eram, et abinde in societatem suam reascendit. またこのように照らされて、私から言われて(=言われたことに)賛同した、またその後、張り出し玄関に私を〔彼らは〕続いた、また前の(最初の)仲間は家まで、そこに私がいる、またそこから自分の社会の中に再びのぼった。

 

訳文

76. 第一のメモラビリア――

 

 かつて、ある日、私は全世界の創造について瞑想の中にいた。またこのことを私の上方の右側から天使たちが知覚したので、そこにいた天使たちは同じことについて数回、瞑想し、また推論し、それゆえ、降りてきた、また私を招待した。私は霊の中にいて、彼にまかせた。私が入った後、私は指導者へ案内され、その大広間の中に数百〔人〕に〔達する〕集まった者を、また指導者が彼らの真ん中にいるのを見た

また、その時、彼らからの一人が言った、「私たちは、この場所で、あなたが全世界の創造について瞑想していること知覚しました。また私たちは同様の瞑想の中に数回いましたが、しかし、私たちは結論することができませんでした。私たちの思考にカオスについて、このことは全世界のすべてと個々のものは、その適切な順序で、大きな卵からのように生じ、それから孵化した、という観念がこびりついているからです。そのときそれでも、今や、私たちは、それでも全世界はそのように孵化できなかったことを知覚します。

 なおまた、私たちの心に、神によりすべてのものは無から創造されたという他の観念がこびりついています。それでも、今や、私たちは、無から何も生じないことを知覚します――どのようになされたか、私たちの心は、これらの二つの観念からまだころがり出ること、また何らかの光の中で創造を見ることができません。そのために、私たちはあなたが瞑想したことを明らかにするように、あなたがいた場所からあなたを呼び出しました」。

[2] これらを聞いて、私は答えた、「明らかにしましょう」。

 私は言った、「このことについて、長い間、私は瞑想しました、しかし、むだでした。しかし、その後、主によりあなたがたの世界に入れられたとき、私は知覚しました。全世界の創造について、最初に、一つはその中に天使がいる、またもう一つはその中に人間がいる二つの世界があることが知られないのなら、何らかのものを結論することがむだであることです。また、人間は、死後、自分の世界から他の世界の中に移ることです。またその時、さらに私は、二つの太陽があることを見ました。一つはそれからすべての霊的なものが、またもう一つはそれからすべての自然的なものが流れ出ます。またそこからすべての霊的なものが流れ出るその太陽は、神エホバからの純粋な愛であり、その真ん中にその方がいます。またそこからすべての自然的なものが流れ出るその太陽は、純粋な火です。

 これらの知識で、かつて、私が照らしの中にあったとき、神エホバから太陽によって、その真ん中におられる、全世界が創造されたことを知覚することが与えられました。また愛は知恵と一緒でないならありえないので、神エホバによりご自分の愛からご自分の知恵によって全世界は創造されました。

 そのようであることは、あなたがたがいる世の中で私が見た、また私が身体をもっている世の中で見た、そこのすべてと個々のもので確信されます。

[3] けれども、創造の進行がその始まりからどのようであったかは、説明することはあまりに長たらしくなります。しかし、私が照らしの中にいたとき、私は、あなたがたの世界の太陽からの光と熱が手段で、あるものからあるものへと霊的な大気が創造されたことを知覚しました、それらは本質的に実体的なものです。それらは三つあり、またここからそれらの三つの段階があるので、三つの天界がつくられました。一つは愛と知恵の最高の段階の中にいる天使のためのもの、もう一つは第二の段階の中にいる天使のためのもの、また第三のものは最も低い段階の中にいる天使のためのものです。しかし、この霊的な世界は自然的な世界なしに、その〔自然界〕中でそれ〔霊界〕が自分の結果と役立ちを行なう、〔その自然界なしに〕存在するようになることができないので、同時に、その時、太陽が、それ〔太陽〕からすべての自然的なもの発出する、〔その太陽〕創造された〔のです〕。またこの太陽によって同様に、熱と光を手段として、三つの大気がそれら前のものを、外皮が種を、または樹皮が木を取り囲むように取り囲んで、また最後にこれらによって、人間、獣、魚、さらに木、灌木と草が、土、石と鉱石から成り立つ地からの水陸の地球が〔創造されたのです〕。

[4] しかし、これらは創造の最も全般的な概略とその進行です。しかし、詳細と個々のものは、本の大きな塊によらないなら説明されることができません。けれども、すべてのものは、あなたがたが言われたように、神は無から全世界を創造されなかったこと、無からは何も生じないこと、しかし、その方のエッセから存在し、またここから知恵と一つとなっている純粋な愛である天使の天界の太陽によってであることを結論しています。

霊的と自然的な両方の世界が意味される全世界は、神的な知恵によって神的な愛から創造され、そのすべてと個々のものが証言し、証明しています。あなたがたは、もしそれらを秩序と関係の中で熟考するなら、あなたがたの理解力の知覚がその中にある光から、はっきりと見ることができます。しかし、愛と知恵は、それらは神の中で一つとなっていますが、抽象的な意味で愛と知恵ではなく、しかし実体としてその方の中にあることを把握すべきです。なぜなら、神は、唯一のものとここから最初の実体と本質ものであり、それらは本質的に、存在し、存続するからです。

[5] すべてと個々のものが神的な愛と神的な知恵から創造されたことは、「ヨハネ福音書」のこれらによって意味されます、

 

 「ことばは神のもとにあった。またことばは神であった。……すべてのものはその方によってつくられた。……また世はその方によってつくられた」(1:1, 3, 10)

 

そこに「神」は神的な愛を意味し、また「ことば」は神的な真理を、すなわち、神的な知恵を意味し、それゆえ、ことばはそこに光と呼ばれています、また「光」によってそこに神について〔扱われているとき〕、神的な知恵が意味されます」。

 これらを終えて、私が「さよなら」を言ったとき、そこに太陽から光の小さな輝きが天使の天界を通って、彼らの目の中に、またこれらを通って彼らの心の住まいの中に降りてきた。またこのように照らされて、私から言われたことに賛同した。またその後、張り出し玄関まで〔彼らは〕私に続き、また最初の仲間は私がいる家まで〔来て〕、そこから自分の社会の中に再びのぼった。

author:yasubee, category:原典講読『真教』第1章, 03:25
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原典講読『真のキリスト教』 75
 

DE CREATIONE UNIVERSI.

全世界の創造について

 

原文

75. Quoniam in primo hoc capite de Deo Creatore agitur, etiam de creatione universi ab Ipso agendum est; sicut in sequente capite de Domino Redemptore, etiam de Redemptione; sed non potest aliquis justam ideam de Creatione Universi sibi comparare, nisi aliquae cognitiones universales praemissae intellectum in statum perceptionis immittant, quae erunt sequentes: [2.] (i.) Quod duo mundi sint; mundus spiritualis, in quo sunt angeli et spiritus, et mundus naturalis, in quo sunt homines. (ii.) Quod in utroque mundo sit sol; et quod Sol mundi spiritualis sit purus Amor ex Jehovah Deo, qui in medio ejus est; et quod ex illo Sole procedant calor et lux, et quod calor inde procedens in sua essentia sit amor, et quod lux inde procedens, in sua essentia sit sapientia; et quod illa duo afficiant voluntatem et intellectum hominis, calor ejus voluntatem, et lux ejus intellectum: at quod sol mundi naturalis sit purus ignis, et quod ideo calor inde sit mortuus; similiter lux; et quod inserviant calori et luci spirituali pro amiculo et adminiculo ut ad hominem transeant. [3.] (iii.) Tum quod illa duo, quae procedunt a Sole mundi spiritualis, et inde omnia quae per illa ibi existunt, sint substantialia et dicantur spiritualia; et quod similia duo quae procedunt a sole mundi naturalis, et inde omnia quae per illa hic existunt, sint materialia et dicantur naturalia. [4.] (iv.) Quod in utroque mundo sint tres gradus, qui vocantur gradus altitudinis, et inde tres regiones, secundum quas ordinati sunt tres caeli angelici, et secundum quas ordinatae sunt mentes humanae, quae sic tribus illis caelis angelicis correspondent; et quod similiter reliqua hic et ibi. [5.] (v.) Quod sit correspondentia inter illa quae in mundo spirituali sunt, et inter illa quae in mundo naturali. [6.] (vi.) Quod sit ordo, in quem omnia et singula utriusque mundi creata sunt. [7.] (vii.) Quod de his omnino primum comparanda sit idea; quod nisi fit, mens humana, ex mera ignorantia de illis, facile cadat in ideam de creatione universi a natura, et ex sola auctoritate ecclesiastica dicat quod natura a Deo creata sit; sed quia nescit quomodo, si interius de illa re scrutatur, labatur pronus in naturalismum negantem Deum. Verum enim vero, quia illa singulatim exponere et demonstrare, sicut oportet, magni voluminis opus foret, et quoque non proprie Systema Theologicum quod hujus libri est, ut lemma aut argumentum, ingreditur, volo solum aliqua Memorabilia affere, ex quibus idea de creatione universi a Deo potest concipi, et ex conceptione aliquis fetus repraesentans illam gigni.

 

直訳

75. Quoniam in primo hoc capite de Deo Creatore agitur, etiam de creatione universi ab Ipso agendum est; この章の最初に創造者なる神が扱われているので、その方による全世界の創造についてもまた扱われなくてはならない

sicut in sequente capite de Domino Redemptore, etiam de Redemptione; 続く章の中で贖い主なる主について〔扱われる〕ように、さらにまた贖いについて。

sed non potest aliquis justam ideam de Creatione Universi sibi comparare, nisi aliquae cognitiones universales praemissae intellectum in statum perceptionis immittant, quae erunt sequentes:― しかし、ある者は「全世界の創造」について正しい観念を自分自身に得ることができない、理解力に前もって送られた何らかの普遍的な思考が知覚の状態の中に取り入れられていないなら、それらは次のものである(未来)――

[2.] (i.) Quod duo mundi sint; [2](1) 二つの世界があること。

mundus spiritualis, in quo sunt angeli et spiritus, et mundus naturalis, in quo sunt homines. 霊界、その中に天使と霊たちがいる、また自然界、その中に人間がいる。

(ii.) Quod in utroque mundo sit sol; (2) 両方の世界の中に太陽があること。

et quod Sol mundi spiritualis sit purus Amor ex Jehovah Deo, qui in medio ejus est; また霊界の太陽は神エホバからの純粋な愛であること、その者はその真ん中にいる。

et quod ex illo Sole procedant calor et lux, et quod calor inde procedens in sua essentia sit amor, et quod lux inde procedens, in sua essentia sit sapientia; またその太陽から熱と光が発出すること、またここから発出する熱はその本質の中で愛であること、またそこから発出する光は、その本質の中で知恵であること。

et quod illa duo afficiant voluntatem et intellectum hominis, calor ejus voluntatem, et lux ejus intellectum: またそれら二つのものは人間の意志と理解力に働きかけること、熱はその意志に、また光はその理解力に。

at quod sol mundi naturalis sit purus ignis, et quod ideo calor inde sit mortuus; しかし、自然界の太陽は純粋な火であること、またそれゆえ、ここからの熱は死んだものであること。

similiter lux; 同様に光。

et quod inserviant calori et luci spirituali pro amiculo et adminiculo ut ad hominem transeant. また〔それら自然的な熱と光は〕霊的な熱と光に衣装と補助として仕える、人間へ移る(引き渡す)めに。

[3.] (iii.) Tum quod illa duo, quae procedunt a Sole mundi spiritualis, et inde omnia quae per illa ibi existunt, sint substantialia et dicantur spiritualia; [3](3) なおまた、それら二つのものは、それらは霊界の太陽から発出する、またここからすべてのものは、それらはそれらによってそこに存在するようになる、実体的なものである、また霊的なものと呼ばれる。

et quod similia duo quae procedunt a sole mundi naturalis, et inde omnia quae per illa hic existunt, sint materialia et dicantur naturalia. また類似の二つのものは、それらは自然界の太陽から発出する、またここからすべてのものは、それらはそれらによってここに存在するようになる、物質的なものである、また自然的なものと呼ばれる。

[4.] (iv.) Quod in utroque mundo sint tres gradus, qui vocantur gradus altitudinis, et inde tres regiones, secundum quas ordinati sunt tres caeli angelici, et secundum quas ordinatae sunt mentes humanae, quae sic tribus illis caelis angelicis correspondent; [4](4) 両方の世界の中に三つの段階があること、それは高さの段階と呼ばれる、またここから三つの領域〔がある〕、それらにしたがって三つの天使の天界☆が配列されている、またそれらにしたがって人間の心が配列されている、それらはこのように三つのそれらの天使の天界に対応する。

☆ すなわち、第三の天的な天界、第二の霊的な天界、第一の自然的な天界とそこの天使です。

et quod similiter reliqua hic et ibi. また同様に他のもの〔が配列されている〕、こことそこに〔=それらの二つの世界〕。

[5.] (v.) Quod sit correspondentia inter illa quae in mundo spirituali sunt, et inter illa quae in mundo naturali. [5](5) それらのものの間に対応があること、それらは霊界の中にある、またそれらの者の間に、それらは自然界の中に。

[6.] (vi.) Quod sit ordo, in quem omnia et singula utriusque mundi creata sunt. [6](6) 秩序があること、その中に両方の世界のすべてと個々のものが創造された。

[7.] (vii.) Quod de his omnino primum comparanda sit idea; [7](7) これらすべてのものについて、最初に、観念が得られなければならない。

quod nisi fit, mens humana, ex mera ignorantia de illis, facile cadat in ideam de creatione universi a natura, et ex sola auctoritate ecclesiastica dicat quod natura a Deo creata sit; そうでないなら、人間の心は、それらについての無知そのものから、容易に自然による全世界の創造についての観念の中に落ち込む、聖職者の権威だけから言う、自然は神により創造されたこと。

sed quia nescit quomodo, si interius de illa re scrutatur, labatur pronus in naturalismum negantem Deum. しかし、どのようにか知らないので、もしそれらの事柄について内的に調べられる(研究される)なら、神を否定する自然主義の中に陥りやすい。

Verum enim vero, quia illa singulatim exponere et demonstrare, sicut oportet, magni voluminis opus foret, et quoque non proprie Systema Theologicum quod hujus libri est, ut lemma aut argumentum, ingreditur, volo solum aliqua Memorabilia affere, ex quibus idea de creatione universi a Deo potest concipi, et ex conceptione aliquis fetus repraesentans illam gigni. しかしながら(verum enim vero)、それらのものを個々に説明し、示すことは、そのようにしなければならないので、大きな書物の著作となる、そしてまた正しく神学の体系〔のもの〕でない、それはこの本のものである、段落()論証のように、構成される、私は単に何らかのメモラビリアを提示することを欲する、それらから神による全世界の創造についての観念を抱くことができる、また受胎(抱いたもの)からそれらを表象する何らかの子(子孫)が産まれることが〔できる〕。

 

訳文

75. この章の最初に創造者なる神が扱われているので、その方による全世界の創造についてもまた扱われなくてはならない。続く章の中で贖い主なる主について、さらにまた贖いについて〔扱われる〕ように。しかし、ある者は「全世界の創造」について、理解力に前もって送られた何らかの普遍的な思考が知覚の状態の中に取り入れられていないなら、正しい観念を自分自身に得ることができない。それらは次のものである――

[2](1) 二つの世界があること。天使と霊たちがいる霊界と人間がいる自然界である。

(2) 両方の世界の中に太陽があること。また霊界の太陽は神エホバからの純粋な愛であり、その方はその真ん中にいること。またその太陽から熱と光が発出すること、またここから発出する熱はその本質の中で愛であること、またそこから発出する光は、その本質の中で知恵であること。またそれら二つのものは人間の意志と理解力に、熱はその意志に、また光はその理解力に働きかけること。しかし、自然界の太陽は純粋な火であること、またそれゆえ、ここからの熱は死んだものであること。光も同様である。また〔それら自然的な熱と光は〕霊的な熱と光を人間へ引き渡す)めの衣装と補助として仕える。

[3](3) なおまた、霊界の太陽から発出するそれら二つのものは、またそれらによってそこに存在するようになるここからのすべてのものは、実体的なものであり、霊的なものと呼ばれる。また自然界の太陽から発出する類似の二つのものは、それらは、またそれらによってここに存在するようになるここからのすべてのものは、物質的なものであり、自然的なものと呼ばれる。

[4](4) 両方の世界の中に高さの段階と呼ばれる三つの段階が、またここから三つの領域があり、それらにしたがって三つの天使の天界が配列されている、またそれらにしたがって人間の心が配列されている、それらはこのように三つのそれらの天使の天界に対応する。また同様にそれらの二つの世界の他のものが配列されている。

[5](5) 霊界の中にあるものと自然界の中にあるものの間に対応があること。

[6](6) 秩序があり、その中に両方の世界のすべてと個々のものが創造されたこと。

[7](7) これらすべてのものについて、最初に、観念が得られなければならない。そうでないなら、人間の心は、それらについての無知そのものから、容易に自然による全世界の創造についての観念の中に落ち込み、聖職者の権威だけから、自然は神により創造されたことを言う。しかし、どのようにか知らないので、もしそれらの事柄について内的に調べられるなら、神を否定する自然主義の中に陥りやすい。

しかしながら、それらのものを個々に説明し、示すことは、大きな書物の著作となるようにしなければならないので、そしてまた段落論証で構成されるこの本のような、正しく神学の体系のものでないので、私は単に何らかのメモラビリアを提示し、それらから神による全世界の創造についての観念を抱くことが、また受胎(抱いたもの)からそれらを表象する何らかの子が産まれることができることを欲する。

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原典講読『真のキリスト教』 74(訳文)
 

訳文

74. 第三のメモラビリア――  

 

 私は遠方から頭に帽子をした多くの集団を見た。ある者は絹の巻き付けられた帽子をしていた、その者は聖職者の階級からであった。ある者の帽子はその縁が金の帯で飾られていた、その者は市民の階級からであった。すべてのこれらの者は学問のある者と教養のある者であった。またそのうえ、私はターバンを巻いた者を見たが、その者は無教養あった。

 私は近づき、彼らが、自分たちの間で制限のない神的な力について話しているのを聞いた。もし神の力が秩序からつくられた何らかの法則にしたがって進むなら、それらは制限のないものでなく、制限されたものになったであろう、またこのように力は全能でない。

「しかし、何らかの法則の強制が全能を、このようにまた異ならないで行なうことへ向けて強いることができないことをだれが見ませんか? 確かに、私たちが全能とまた同時に秩序の法則について考える時、それら(秩序の法則)したがって進むことを余儀なくされ全能について私たちの先入見は、折られた杖にたよる手のように崩壊します」。

[2] 彼らが自分の近くに私を見たとき、ある者が走り寄り、ある種の猛烈さで言った、「神をなわのような法則で制限した者はあなたですね? このことはなんと無礼でしょう――さらにまたこのように私たちの信仰をばらばらにされた。その信仰の上に私たちの救いは基き、その真ん中に私たちは「あがない主」の義を、その上に父なる神の全能を置き、また私たちは聖霊の働きを追加物とした。また霊的なものの中での人間の効力を絶対的に無力とし、義認が完全であることについて、神の全能からその信仰に内在することで十分である、と語った。

 しかし、私は、あなたがその信仰を、その中に人間からの神的な秩序は何もないので無意味と見なしていることを聞きました」。

 これらを聞いて、私は口を開き、大きな声で話して、言った、「天的な摂理の法則を学び、その後、それらの信仰を明かしなさい。するとあなたがたは荒れ地の荒廃したものを、またその中に曲がりくねったまた巻かれていないレビヤタン〔イザヤ27:1〕を、またそのまわりに、ほどけない結び目のようにまわりを巻いている網を見るでしょう。しかし、アレクサンドロス〔大王〕について読まれるように行ないなさい。彼はゴルディオスの結び目を見たとき、剣を抜き、それを二つに切り離しました。このようにそのひねったものは解かれ、地に投げられ、履き物でその糸を押しつぶしました。

[3] この言われたことに物笑いにして舌を鋭くしようとして集まった者たちはその舌をかんだ、しかしあえてしなかった、私の上に開かれた天界を見たから、またここから声を聞いたからである、「最初に、自制とともに聞け、何が秩序か、その秩序にしたがって全能なる神は働かれる」。

 また〔その声が〕言った、「神は秩序としてご自分から、全世界を秩序の中に、秩序のために創造した。同様に、人間を自分のその秩序の法則の中に確立し、それらから神の映像と似姿がつくられた。それらは要するに、神を信じ、また隣人を愛し、またそれら二つのことを自然的な力から行なえば行なうほど〕、それだけ自分を神的な全能の容器につくり、またそれだけ神がご自分を彼に、また彼をご自分に結合させること、ここから、彼の信仰は生きたものと救うものに、また彼の行なうことは仁愛になり、生きたものと救うものもまた〔その仁愛となる〕ことである。しかし、知らなければならない、神は永続的に存在すること、また人間の中で絶えず努力し、働いている、そしてまた彼の選択の自由に影響を与えるが、しかし決して害しないことである。というのは、もし〔神が〕人間の選択の自由を害するなら、神の中に人間の住まいは滅び、また人間の中に神の〔住まい〕だけがあるようなるからである。この住まいは地の中にいる者にも、天界の中にいる者にも、そしてまた、地獄の中にいる者にも、すべての者の中にある。というのは、ここから彼らの可能性、意志すること、理解することがあるから。

 しかし、神の中に人間の相互の住まいは、ことばで指示された秩序の法則にしたがって生きる者のもとでないなら、ありません。これらの者はその方の映像と似姿になり、またこれらの者には所有として楽園が、食物としていのちの木の実が与えられます。しかし、他の者は善と悪の知識のまわりに自分自身を集め、そこのヘビと話し、また食べます。しかし、その後、楽園から追い出されました。しかしそれでも、神は置き去りにしない、彼らが神を捨てる〔のです〕

[4] これらを帽子の者が理解し、是認した。しかしターバンの者は否定し、また言った、「このように全能は制限されていないか、そして制限された全能は矛盾である」。

 しかし、私は答えた、「判断とともに公正の法則にしたがって、または知恵から愛に書かれた法則にしたがって行なうことは矛盾ではありません。しかし、神が自分の公正と愛の法則に反して行なうことができること、またこのことが判断と知恵からでなかったなら、矛盾です。

 このような矛盾があなたがたの信仰に含まれています。それらは、神は不正な者を単なる恩恵から義とすること、またすべての救いの賜物といのちの褒美で飾ることです。

 しかし、何が神の全能か手短に言いましょう

 神はご自分の全能から全世界を創造し、また同時に、そのすべてと個々のものに秩序を導き入れました。

 さらにまた神はご自分の全能から全世界を保ち、またそこに永久に自分の法則とともに秩序を守られ、ある者が秩序からそれる時、彼を戻し、また回復させました。

 さらに、ご自分の全能から教会を設立し、またその秩序の法則をみことばの中で啓示しされました。また、その教会が秩序からそれたとき、それを復興し、また完全にそれたとき、その方は世の中に降り、人間性をまとわれることによって全能をおび回復させました。

[5] 神は全能そしてまた全知から、死後、それぞれの者を調べ、そして正しい者、すなわち、羊に、天界の中の自分の場所を用意し、これらの者から天界を構成します、そして正しくない者、すなわち、ヤギに、地獄の中に自分の場所を用意されました、これらの者から地獄を構成します。そして両方のもの〔天界と地獄〕を彼らのいろいろな愛のすべてのものにしたがって社会と集団の中に配置します。それらは天界の中に世の天空の中の星ほど多くそれだけ多くあります。そして、天界の中の社会を、ご自分の前のいわば一人の人間であるように、同様に地獄の中の集団を、いわば一人の悪魔であるように一つに結合した。また後者は前者から、地獄が天界に暴力を持ち込まないように、また天界が地獄に苦痛を持ちこまないように隙間によって分離している。なぜなら、彼らは、地獄の中にいる者は天界が流れ入ればいるほど、それだけ苦しめられるからである。

 これらやそれらは神が自分の全能からすべてのものに瞬間に行なわなかったなら、野獣性が人間に入り、もはや何らかの秩序の法則で抑制されることができないようにまでも、またこのように人類は滅んだであろう。

 これらや同様ことが、神が秩序でなかったなら、また全能が秩序の中になかったなら起こる。

 これらを聞いて、帽子をかぶっていた者は、帽子を脇の下にして、神をほめたたえて立ち去った。なぜなら、その世界の中で知的な者は帽子をかぶっているから。

 しかし、ターバンをかぶった者は、はげていて、はげは愚鈍を意味するのでそのようでなかった。後者は左に、しかし、前者は右に立ち去った

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原典講読『真のキリスト教』 73(原文と直訳)
 

原文

74. Tertium Memorabile:

 

Vidi e longinquo plures congregatos cum pileis super capitibus: quosdam cum pileis circumcinctis serico, qui ex ordine ecclesiastico erant; quosdam cum pileis quorum limbos ornabant fasciae aureae qui ex ordine civili erant; omnes hi docti et eruditi: et insuper vidi quosdam cum tiaris, qui erant indocti.

Accessi, et audivi illos inter se loquentes de Divina Potentia illimitata; et quod si illa progrederetur secundum aliquas leges quae factae sunt ordinis, non illimitata sed limitata foret, et sic potentia et non omnipotentia. "At quis non videt, quod non aliqua necessitas legis possit omnipotentiam adigere ad faciendum ita et non aliter? Certe, dum cogitamus de omnipotentia et simul de legibus ordinis, secundum quas obligatur progredi, cadunt ideae nostrae [1]praeceptae de omnipotentia sicut manus fracto scipione."

[2.] Illi cum me viderunt prope se, accurrerunt aliqui, et in quadam vehementia dixerunt, "Es tu qui circumscripsisti Deum legibus sicut vinculis? Hoc quam petulans est: sic etiam discerpsisti fidem nostram, super qua fundatur salus nostra, in cujus medio ponimus justitiam Redemptoris, super illa omnipotentiam Dei Patris, et appendicem facimus operationem Spiritus Sancti, et efficaciam ejus in hominis absoluta impotentia in spiritualibus, cui satis est loqui de plenitudine justificationis, quae ex Omnipotentia Dei inest fidei isti. Sed audivi, quod tu inanitatem in illa videas, quia nihil ordinis Divini ab homine in illa."

His auditis aperui os, et alta voce loquens dixi, "Discite leges ordinis Divini, et postea aperite illam fidem, et videbitis vastam solitudinem, et in hac Leviathanem tortuosum et oblongum, et circumcirca illam, retia circumvoluta sicut in nodum inexplicabilia; sed facite sicut legitur de Alexandro, cum vidit nodum Gordium, quod nudaverit ensem, et bissecuerit illum, et sic contortus ejus dissolverit, et projecerit in terram, et calceo fila ejus contriverit."

[3.] Ad haec dicta congregati mordebant linguas, volentes acuere illas in dicteria, sed non ausi sunt, quia videbant super me caelum apertum, et audiebant vocem inde, "Auscultate primum cum moderamine, quid ordo, secundum cujus leges Deus omnipotens agit." [2]Et dixit, "Deus a Se ut Ordine, in ordine, ad ordinem, creavit universum; similiter hominem in quo leges ordinis sui stabilivit, ex quibus imago et similitudo Dei factus est, quae in summa sunt, ut credat in Deum, et amet proximum, et quantum illa duo ex naturali potentia facit, tantum se receptaculum Divinae omnipotentiae facit, et tantum Deus conjungit Se illi, et illum Sibi; inde ejus fides fit viva et salvifica, et ejus facere fit charitas, etiam viva et salvifica; at sciendum est, quod Deus perpetuo adsit, et continue conetur et agat in homine, et quoque tangat liberum ejus arbitrium, sed nusquam violet; si enim liberum arbitrium hominis violaret, periret habitatio hominis in Deo, et foret solius Dei in homine, et haec habitatio est in omnibus tam qui in terris sunt, quam qui in caelis, et quoque in illis qui in infernis; inde enim est posse, velle, et intelligere illorum. Sed non est habitatio reciproca hominis in Deo, nisi apud illos qui vivunt secundum leges ordinis in Verbo latas, et hi fiunt imagines et similitudines Ipsius, et his datur paradisus in possessionem, et fructus arboris vitae in cibum; at reliqui congregant se circum arborem scientiae boni et mali, et colloquuntur cum serpente ibi, et comedunt; at postea expelluntur paradiso; attamen illos Deus non relinquit, sed illi relinquunt Deum.

[4.] Haec illi in pileis intellexerunt, et approbaverunt; at illi in tiaris negaverunt, et dixerunt, "Numne sic omnipotentia est limitata, ac omnipotentia limitata est contradictio."

Sed respondi, "Non est contradictio omnipotenter agere secundum leges justitiae cum judicio, aut secundum leges amori inscriptas ex sapientia; at contradictio est, quod Deus possit agere contra leges justitiae et amoris sui, et hoc foret ex non judicio et sapientia. Talem contradictionem involvit fides vestra, quae est, quod Deus injustum possit ex mera gratia justificare, et omnibus salutis donis et vitae praemiis insignire. Sed dicam paucis, quid omnipotentia Dei. Deus ex omnipotentia sua creavit universum, et simul introduxit omnibus et singulis ejus ordinem; Deus etiam ex omnipotentia sua conservat universum, et custodit ibi ordinem cum suis legibus in perpetuum, et dum aliquid elabitur ex ordine, reducit illud et redintegrat. Porro Deus ex omnipotentia sua instauravit ecclesiam, et legis ordinis ejus revelavit in verbo; et cum illa elapsa est ex ordine, restauravit illam, et cum totaliter elapsa est, Ipse descendit in mundum, et per assumptum Humanum induit omnipotentiam, et restituit. [5.] Deus ex omnipotentia et quoque omniscientia explorat unumquemque post mortem, ac praeparat justos seu oves ad loca sua in caelo, et ex his condit caelum, ac praeparat injustos seu hircos ad loca sua in inferno, et ex his condit infernum; ac disponit utrumque in societates et congregationes secundum omnes varietates amoris illorum, quae in caelo totidem sunt, quot stellae in firmamento mundi; ac societates in caelo conjungit in unum, ut sint sicut unus Homo coram Se; similiter congregationes in inferno, ut sint sicut unus Diabolus; et hos ab illis separat per hiatum, ne infernum inferat violentiam caelo, et ne caelum inferat cruciatum inferno; nam illi qui in inferno sunt, tantum cruciantur, quantum influit caelum. Haec et illa nisi Deus ex omnipotentia sua omni instanti faceret, ferinum intraret homines, usque ut amplius non possent legibus alicujus ordinis coerceri, et sic periret genus humanum. Haec et similia evenirent, nisi Deus esset Ordo, et in ordine omnipotens.

His auditis illi qui tecti pileis erant, abiverunt pileis sub ulnis, laudantes Deum; nam in illo mundo intelligentes teguntur pileis. At tecti tiaris non ita, quia calvi sunt, et calvities significet obesitatem; et hi abiverunt ad sinistrum, at illi ad dextrum.

 

   @1 “praeceptae:”sic ed. princeps; a Doctore Tafel legeretur praeconceptae.

   @2 “Et dixit:”sic editio princeps (videantur Errores Typographici, pag. 542); per quod intelligimus et dixit [vox]. A Doctore Tafel legeretur “et dixi.”

 

直訳

74. Tertium Memorabile:― 第三のメモラビリア――  

 

Vidi e longinquo plures congregatos cum pileis super capitibus: 私は遠方から頭の上に帽子とともに多くの集団を見た。

quosdam cum pileis circumcinctis serico, qui ex ordine ecclesiastico erant; ある者は絹の巻き付けられた帽子とともに、その者は聖職者の階級からであった。

quosdam cum pileis quorum limbos ornabant fasciae aureae qui ex ordine civili erant; ある者は帽子とともにその縁を金の帯で飾られていた、その者は市民の階級からであった。

omnes hi docti et eruditi: すべてのこれらの者は学問のある者と教養のある者(博学な者)

et insuper vidi quosdam cum tiaris, qui erant indocti. またそのうえ、私はターバンとともにある者を見た、その者は無教養(無学)あった。

Accessi, et audivi illos inter se loquentes de Divina Potentia illimitata; 私は近づいた、また私は彼らを聞いた、自分たちの間で制限のない神的な力について話している。

et quod si illa progrederetur secundum aliquas leges quae factae sunt ordinis, non illimitata sed limitata foret, et sic potentia et non omnipotentia. また、もしそれらが何らかの法則にしたがって進むなら、それらは秩序からつくられた、制限のないものでない、しかし制限されたものになったであろう、またこのように力はまた全能でない。

"At quis non videt, quod non aliqua necessitas legis possit omnipotentiam adigere ad faciendum ita et non aliter? 「しかし、だれが見ないか? 何らかの法則の強制(必要)が全能を追いたてる(強いる)とができなこと、このようにまた異ならないで行なうことへ向けて。

Certe, dum cogitamus de omnipotentia et simul de legibus ordinis, secundum quas obligatur progredi, cadunt ideae nostrae [1]praeceptae de omnipotentia sicut manus fracto scipione." 確かに、私たちが全能についてとまた同時に秩序の法則について考える時、それら(秩序の法則)したがって進むことを余儀なくされる(強いられる)全能について私たちの前から考えられた☆観念(先入見)は崩壊する、折られた(frango)杖での手のように。

ここは下記注のターフェル博士の「praeconceptus」がよいでしょう。

[2.] Illi cum me viderunt prope se, accurrerunt aliqui, et in quadam vehementia dixerunt, "Es tu qui circumscripsisti Deum legibus sicut vinculis? [2] 彼らが自分の近くに私を見たとき、ある者が走り寄った、またある種の猛烈さの中で言った、「神をなわのような法則で制限した者はあなたですね?

Hoc quam petulans est: このことはなんと傲慢(無礼)あるか――

sic etiam discerpsisti fidem nostram, super qua fundatur salus nostra, in cujus medio ponimus justitiam Redemptoris, super illa omnipotentiam Dei Patris, et appendicem facimus operationem Spiritus Sancti, et efficaciam ejus in hominis absoluta impotentia in spiritualibus, cui satis est loqui de plenitudine justificationis, quae ex Omnipotentia Dei inest fidei isti. さらにまたこのように私たちの信仰をばらばらにされた、その上に私たちの救いは建てられる(基づく)、その真ん中の(中に)私たちは「あがない主」の義を置く、その上に父なる神の全能を、また私たちは聖霊の働きを追加物とし(てつくっ)た、また人間の中のその効力を絶対的な無力〔とした〕霊的なものの中で、義認の完全であることについて語ること、それに十分である、それは神の全能からその信仰に内在する。

Sed audivi, quod tu inanitatem in illa videas, quia nihil ordinis Divini ab homine in illa." しかし、私は聞いた、あなたがその(信仰)中に無意味を見ることを、その中に人間からの神的な秩序は何もないので」。

His auditis aperui os, et alta voce loquens dixi, "Discite leges ordinis Divini, et postea aperite illam fidem, et videbitis vastam solitudinem, et in hac Leviathanem tortuosum et oblongum, et circumcirca illam, retia circumvoluta sicut in nodum inexplicabilia; これらで聞いて、私は口を開いた、また大きな声で話して、言った、「天的な摂理の法則を学べ、またその後、それらの信仰を明かせ、するとあなたがた荒れ地の荒廃したものを見るであろう、またこの中に曲がりくねったまた巻かれていないレビヤタン〔イザヤ27:1〕を〔見る〕またそのまわりに、ほどけない結び目のようにまわりを巻いている網を。

sed facite sicut legitur de Alexandro, cum vidit nodum Gordium, quod nudaverit ensem, et bissecuerit illum, et sic contortus ejus dissolverit, et projecerit in terram, et calceo fila ejus contriverit." しかし、アレクサンドロス〔大王〕について読まれるように行なえ、彼はゴルディオスの結び目を見たとき、剣を抜いたこと、またそれを二つに切り離した、またこのようにそのひねったものは分解した(解かれた)、また地の中に投げられた、また履き物でその糸を押しつぶした(contero)

[3.] Ad haec dicta congregati mordebant linguas, volentes acuere illas in dicteria, sed non ausi sunt, quia videbant super me caelum apertum, et audiebant vocem inde, "Auscultate primum cum moderamine, quid ordo, secundum cujus leges Deus omnipotens agit." [3] この言われたことに集まった者たちは舌をかんだ、物笑いにしてそれ()と鋭くしようとした、しかし大胆でない(あえてしなかった)、私の上に開かれた天界を見たからである、またここから声を聞いた、「最初に、自制とともに聞け、何が秩序か、その秩序にしたがって全能なる神は働く」。

[2]Et dixit, "Deus a Se ut Ordine, in ordine, ad ordinem, creavit universum; また〔その声が☆〕言った、「神は秩序としてご自分から、全世界を秩序の中に、秩序のために創造した。

下記の注を参照。ターフェル博士はこの部分を「私は言った」と解釈しています。

similiter hominem in quo leges ordinis sui stabilivit, ex quibus imago et similitudo Dei factus est, quae in summa sunt, ut credat in Deum, et amet proximum, et quantum illa duo ex naturali potentia facit, tantum se receptaculum Divinae omnipotentiae facit, et tantum Deus conjungit Se illi, et illum Sibi; 同様に、人間を自分のその秩序の法則の中に確立した、それらから神の映像と似姿がつくられた、それらは要約した形で(要するに)である、神を信じる、また隣人を愛すること、またどれだけそれら二つのことを自然的な地から行なうか〔によって〕、それだけ自分を神的な全能の容器につくる、またそれだけ神がご自分を彼に結合させる、また彼をご自分に。

inde ejus fides fit viva et salvifica, et ejus facere fit charitas, etiam viva et salvifica; ここから、彼の信仰は生きたものと救うものになる、また彼の行なうことは仁愛になる、生いたものと救うものもまた〔その仁愛となる〕。

at sciendum est, quod Deus perpetuo adsit, et continue conetur et agat in homine, et quoque tangat liberum ejus arbitrium, sed nusquam violet; しかし、知らなければならない、神は永続的ににいる、また人間の中で絶えず努力し、働いている、そしてまた彼の選択の自由に影響を与える、しかし決して害しない。

si enim liberum arbitrium hominis violaret, periret habitatio hominis in Deo, et foret solius Dei in homine, et haec habitatio est in omnibus tam qui in terris sunt, quam qui in caelis, et quoque in illis qui in infernis; というのは、もし〔神が〕人間の選択の自由を害するなら、神の中に人間の住まいは滅びるから、また人間の中に神の〔住まい〕だけがあるようなった、またこの住まいはすべての者の中にある、地の中にいる者にも、天界の中に〔いる〕者にも、そしてまた彼らの中に、地獄の中にいる〕者。

inde enim est posse, velle, et intelligere illorum. というのは、ここから彼らの可能性(潜在能力)石刷ること、また理解することがあるから。

Sed non est habitatio reciproca hominis in Deo, nisi apud illos qui vivunt secundum leges ordinis in Verbo latas, et hi fiunt imagines et similitudines Ipsius, et his datur paradisus in possessionem, et fructus arboris vitae in cibum; しかし、神の中に人間の相互の住まいはない、彼らのもとでないなら、みことばで指示された(fero)秩序の法則にしたがって生きる者、またこれらの者はその方の映像と似姿になる、またこれらの者に楽園が与えられる所有として、いのちの木の実が食物として。

at reliqui congregant se circum arborem scientiae boni et mali, et colloquuntur cum serpente ibi, et comedunt; しかし、他の者は善と悪の知識のまわりに自分自身を集める、そこにヘビと話す、また食べる。

at postea expelluntur paradiso; しかし、その後、楽園から追い出された。

attamen illos Deus non relinquit, sed illi relinquunt Deum. しかしそれでも、神は残さな(置き去りにしない)、しかし彼らが神を捨てる(置き去りにする)

[4.] Haec illi in pileis intellexerunt, et approbaverunt; [4] これらを帽子の中の彼らが理解した、また是認した。

at illi in tiaris negaverunt, et dixerunt, "Numne sic omnipotentia est limitata, ac omnipotentia limitata est contradictio." しかしターバンの中の彼らは否定した、また言った、「このように全能は制限されていないか、そして制限された全能は矛盾である」。

Sed respondi, "Non est contradictio omnipotenter agere secundum leges justitiae cum judicio, aut secundum leges amori inscriptas ex sapientia; しかし、私は答えた、「判断とともに公正の法則にしたがって行なうことは矛盾ではない、または知恵から愛に書かれた法則にしたがって。

at contradictio est, quod Deus possit agere contra leges justitiae et amoris sui, et hoc foret ex non judicio et sapientia. しかし、矛盾である、神が自分の公正と愛の法則に反して行なうことができること、またこのことが判断と知恵からでなかったなら。

Talem contradictionem involvit fides vestra, quae est, quod Deus injustum possit ex mera gratia justificare, et omnibus salutis donis et vitae praemiis insignire. このような矛盾があなたがたの信仰に含まれている、それらである、神は不正な者を単なる恩恵から義とすること、またすべての救いの賜物といのちの褒美で飾ること。

Sed dicam paucis, quid omnipotentia Dei. しかし、私は手短に(簡単に)言う(未来)、何が神の全能か。

Deus ex omnipotentia sua creavit universum, et simul introduxit omnibus et singulis ejus ordinem; 神はご自分の全能から全世界を創造した、また同時に、そのすべてと個々のものに秩序を導き入れた。

Deus etiam ex omnipotentia sua conservat universum, et custodit ibi ordinem cum suis legibus in perpetuum, et dum aliquid elabitur ex ordine, reducit illud et redintegrat. さらにまた神はご自分の全能から全世界を保った、またそこに秩序を守った、永久に自分の法則とともに、またある者が秩序からそれる時、彼を戻し、また回復させた。

Porro Deus ex omnipotentia sua instauravit ecclesiam, et legis ordinis ejus revelavit in verbo; さらに、ご自分の全能から教会を設立した、またその秩序の法則をみことばの中で啓示した。

et cum illa elapsa est ex ordine, restauravit illam, et cum totaliter elapsa est, Ipse descendit in mundum, et per assumptum Humanum induit omnipotentiam, et restituit. また、それ〔教会〕が秩序からそれたとき、それを復興した、また完全にそれたとき、その方は世の中に降った、また人間性をまとわれることによって全能をおびた(着た)また回復した。

[5.] Deus ex omnipotentia et quoque omniscientia explorat unumquemque post mortem, ac praeparat justos seu oves ad loca sua in caelo, et ex his condit caelum, ac praeparat injustos seu hircos ad loca sua in inferno, et ex his condit infernum; [5] 神は全能そしてまた全知から、死後、それぞれを者を調べる、そして正しい者、すなわち、羊に天界の中の自分の場所を用意する、またこれらの者から天界を構成する、そして正しくない者、すなわち、ヤギに地獄の中に自分の場所を用意する、またこれらの者から地獄を構成する。

ac disponit utrumque in societates et congregationes secundum omnes varietates amoris illorum, quae in caelo totidem sunt, quot stellae in firmamento mundi; そして両方のもの〔天界と地獄〕を配置する社会と集団の中に、彼らのいろいろな愛のすべてのものにしたがって、それらは天界の中にそれだけ多くある、世の天空の中の星ほど多く。

ac societates in caelo conjungit in unum, ut sint sicut unus Homo coram Se; そして、天界の中の社会を一つに結合した、ご自分の前のいわば一人の人間であるように。

similiter congregationes in inferno, ut sint sicut unus Diabolus; 同様に地獄の中の集団、いわば一人の悪魔であるように。

et hos ab illis separat per hiatum, ne infernum inferat violentiam caelo, et ne caelum inferat cruciatum inferno; またこれら(後者)はそれら(前者)から割れ目(隙間)よって分離している、地獄が天界に暴力を持ち込まないように、また天界が地獄に苦痛を持ちこまないように。

nam illi qui in inferno sunt, tantum cruciantur, quantum influit caelum. なぜなら、彼らは、地獄の中にいる者、それだけ苦しめられるからである、どれだけ天界が流れ入るか〔によって〕。

Haec et illa nisi Deus ex omnipotentia sua omni instanti faceret, ferinum intraret homines, usque ut amplius non possent legibus alicujus ordinis coerceri, et sic periret genus humanum. これらやそれらは神が自分の全能からすべてのものに瞬間に行なわなかったなら、野獣性が人間に入り、もはや何らかの秩序の法則で抑制されることができないようにまでも、またこのように人類は滅んだであろう。

Haec et similia evenirent, nisi Deus esset Ordo, et in ordine omnipotens. これらや同様ことが起こる、神が秩序でなかったなら、また全能が秩序の中に〔なかったなら〕。

His auditis illi qui tecti pileis erant, abiverunt pileis sub ulnis, laudantes Deum; これらで聞いて、彼らは、帽子をかぶっていた者、帽子を脇()の下にして立ち去った、神をほめたたえて。

nam in illo mundo intelligentes teguntur pileis. なぜなら、その世界の中で知的な者は帽子をかぶっているから。

At tecti tiaris non ita, quia calvi sunt, et calvities significet obesitatem; しかし、ターバンをかぶった者は、はげているので、また、はげは愚鈍を意味する。

et hi abiverunt ad sinistrum, at illi ad dextrum. またこれらの者(後者)は左に立ち去った、しかし、それらの者(前者)右に。

 

@1 “praeceptae:”sic ed. princeps; a Doctore Tafel legeretur praeconceptae. 注1 praeceptae」―このように初版に〔ある〕。ターフェル博士によりpraecondeptaeと読まれている。

@2 “Et dixit:”

author:yasubee, category:原典講読『真教』第1章, 03:35
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原典講読『真のキリスト教』 73
 

原文

73. Postridie ad me venerunt aliqui, ex cohorte, qui in fide praedestinata et imputata erant, et dixerunt, "Sumus sicut temulenti, non ex vino, sed ex sermone hesterno istius viri: locutus est de omnipotentia et simul de ordine, et conclusit quod sicut omnipotentia est Divina, ita etiam ordo sit Divinus, immo quod Ipse Deus sit Ordo; et dixit quod totidem sint leges ordinis quot veritates in Verbo, quae non modo chiliades sunt, sed myriades myriadum, et quod Deus obstrictus sit ad suas leges ibi, et quod homo ad suas. Quid tunc omnipotentia Divina, si ligata est legibus? sic etenim ab omnipotentia omne absolutum recedit; estne sic Deo minor potestas quam regi mundi qui est monarcha?" Hic potest leges justitiae vertere sicut suas palmas, ac agere absolute sicut Octavius Augustus, et quoque absolute sicut Nero. Nos postquam cogitavimus de omni potentia ad leges ligata, tanquam temulenti facti sumus, ac proni ad deliquium, si non subito medela affertur; nos enim ex fide nostra oravimus, ut Deus Pater nostri misereatur propter Filium suum; et credidimus quod misereri possit cujus lubet, ac remittere peccata cui placet, ac salvare quem vult; et non ausi sumus aliquod minimum subtrahere ex omnipotentia Ipsius: quare obstringere Deum aliquarum suarum legum catenis aspicimus ut nefas, quia ut contradictorium omnipotentiae Ipsius.

[2.] His dictis inspexerunt me, et ego illos, et vidi attonitos. Et dixi, "Supplicabo ad Dominum, et afferam inde medelam, illustrando hanc rem; sed nunc duntaxat per exempla." Et dixi, "Deus omnipotens creavit mundum ex ordine in Se, ita in ordinem in quo sit, ac secundum quem regat, ac indidit universo et omnibus et singulis ejus suum ordinem; homini suum, bestiae suum, avi et pisci suum, vermi suum, cuivis arbori, immo gramini suum. Sed ut exempla illustrent, breviter adducam sequentia: leges ordinis homini indictae sunt, ut homo acquirat sibi veritates ex Verbo, ac naturaliter, et quantum valet, rationaliter cogitet illas, et sic fidem naturalem sibi comparet; leges ordinis tunc a parte Dei sunt, quod appropinquet, impleat veritates Divina sua luce, et sic fidem ejus naturalem, quae modo est scientia et persuasio, Divina essentia; sic et non aliter fit fides salvifica. Simile est cum charitate; sed breviter recensebimus aliqua. Deus non potest secundum suas leges alicui homini remittere peccata, nisi quantum homo secundum suas leges desistit ab illis. Deus non potest spiritualiter regenerare hominem, nisi quantum homo secundum suas leges se naturaliter regenerat: Deus in perpetuo conatu est regenerandi et sic salvandi hominem, sed hoc non potest efficere nisi sicut homo parat se receptaculum, et sic applanat Deo viam, et aperit januam. Non potest sponsus intrare thalamum virginis non desponsatae; haec occludit januam, et clavem intus apud se custodit: sed postquam virgo sponsa facta est, dat clavem sponso. [3.] Deus non potuit ex sua omnipotentia redimere homines, nisi Homo factus sit; nec potuit Humanum suum Divinum facere, nisi Humanum Ipsius primum esset sicut humanum infantis, et postea sicut humanum pueri, et nisi Humanum postea formaret se in receptaculum et habitaculum, in quod Pater Ipsius intraret; quod factum est per quod impleverit omnia Verbi, hoc est, omnes leges ordinis ibi; et quantum hoc perfecit, tantum Se univit Patri, et Se Pater Ipsi. Sed haec sunt pauca, illustrationis causa adducta, ut videatis, quod omnipotentia Divina sit in ordine, ac regimen Ipsius, quod vocatur Providentia, sit secundum ordinem, et quod agat continue et in aeternum secundum leges ordinis sui; et quod contra illas nequeat, nec illas quoad apicem mutare, quia ordo cum omnibus ejus legibus est Ipse."

[4.] His dictis splendor lucis in colore aureo per tectum influxit, et cherubos volantes formavit in aere; et rutilum inde illustravit quorundam tempora a parte occipitii, sed nondum a parte frontispicii; murmurabant enim, "Ignoramus adhuc quid omnipotentia." Et dixi, "Revelabitur illa, postquam hactenus dicta apud vos aliquam lucem faenerata sunt."

 

直訳

73. Postridie ad me venerunt aliqui, ex cohorte, qui in fide praedestinata et imputata erant, et dixerunt, "Sumus sicut temulenti, non ex vino, sed ex sermone hesterno istius viri: 翌日、私にある者たちがやって来た、群れから、その者たちは予定と転嫁の信仰の中にいた、また言った、「わたしたちは酔っ払いのようです、ワインからではない、しかし、昨日の話から、その男の。

locutus est de omnipotentia et simul de ordine, et conclusit quod sicut omnipotentia est Divina, ita etiam ordo sit Divinus, immo quod Ipse Deus sit Ordo; 全能についてまた同時に秩序について話した、また結論した、全能は神的なものであるように、そのように秩序もまた神的なものであること、それどころか、神そのものが秩序であること。

et dixit quod totidem sint leges ordinis quot veritates in Verbo, quae non modo chiliades sunt, sed myriades myriadum, et quod Deus obstrictus sit ad suas leges ibi, et quod homo ad suas. また彼は言った、それだけ多く秩序の法則があること、みことばの真理ほど多くの、それらは数千のものだけでない、しかし数万の数万(無数)〔のものである〕、また神は自分の法則にそこに束縛されていること、また人間は自分の〔法則〕に〔そこに束縛されている〕こと。

Quid tunc omnipotentia Divina, si ligata est legibus? その時、何が神的な全能か? もし法則(法律)で制限される(縛られる)なら。

sic etenim ab omnipotentia omne absolutum recedit; このように全能からすべての絶対的なも(権力)去るゆえに。

estne sic Deo minor potestas quam regi mundi qui est monarcha?" このように神により小さい力がありませんか? 世の王よりも、その者は君主(帝王)である」

Hic potest leges justitiae vertere sicut suas palmas, ac agere absolute sicut Octavius Augustus, et quoque absolute sicut Nero. この者は公正の法則(法律)を変えることができる、自分の手のひらのように、そして〔権力を〕絶対的に行動(行使)すること〔ができる〕、オクタウィウス・アウグストゥスのようにそしてまた絶対的にネロ☆のように。

古代ローマ皇帝ネロは残虐な暴君の典型です。

Nos postquam cogitavimus de omni potentia ad leges ligata, tanquam temulenti facti sumus, ac proni ad deliquium, si non subito medela affertur; 私たちは、その後、制限された法(法律)に向けて(応じた)すべての全能について考えた、私たちはあたかも酔っぱらって、そして失神しそうである、もし直ぐに治療薬が持ってこられないなら。

nos enim ex fide nostra oravimus, ut Deus Pater nostri misereatur propter Filium suum; というのは、私たちは私たちの信仰から懇願した、私たちの父なる神が自分の子のために哀れみを示されるように。

et credidimus quod misereri possit cujus lubet, ac remittere peccata cui placet, ac salvare quem vult; また私たちは信じていた、哀れみを示すことができる、その者の喜びである(好むところである)、そして罪を赦すこと、その者に喜びである、そして救うこと、それを欲する。

et non ausi sumus aliquod minimum subtrahere ex omnipotentia Ipsius: また私たちは大胆でない(=あえてしない)その方の全能から何らかの最小のものを取り去ること。

quare obstringere Deum aliquarum suarum legum catenis aspicimus ut nefas, quia ut contradictorium omnipotentiae Ipsius. それゆえ、神を束縛することは、何らかのご自分の鎖の法則で、私たちは邪悪な行為のように眺める、その方の全能の矛盾するもののような〔ものである〕ので。

[2.] His dictis inspexerunt me, et ego illos, et vidi attonitos. [2] これらで聞いて、彼らは私を眺めた(熟視した)、また私は彼らを、また私は唖然(としているの)を見た。

Et dixi, "Supplicabo ad Dominum, et afferam inde medelam, illustrando hanc rem; また私は言った、「私は主に懇願する(未来)、またここから治療薬を持ってくる(未来)この事柄を説明する。

sed nunc duntaxat per exempla." しかし、今や、わずかに、例によって」。

Et dixi, "Deus omnipotens creavit mundum ex ordine in Se, ita in ordinem in quo sit, ac secundum quem regat, ac indidit universo et omnibus et singulis ejus suum ordinem; また私は言った、「全能なる神はご自分の中の秩序から世を創造した、そのように秩序の中に、その中にいる、そしてそれに従って支配する、そして全世界とそのすべてと個々のものに自分の秩序を植え付けた(注いだ、与えた)

homini suum, bestiae suum, avi et pisci suum, vermi suum, cuivis arbori, immo gramini suum. 人間にそれのもの〔秩序〕を、獣にそれを、鳥と魚にそれを、虫にそれを、木のそれぞれに、それどころか草にそれを。

Sed ut exempla illustrent, breviter adducam sequentia: しかし、説明する例として、簡単に私は続くものを提示する(未来)

leges ordinis homini indictae sunt, ut homo acquirat sibi veritates ex Verbo, ac naturaliter, et quantum valet, rationaliter cogitet illas, et sic fidem naturalem sibi comparet; 秩序の法則は人間に課せられている(押し付けられている)、人間が自分自身にみことばから真理を得るように、そして自然的に、また欲するかぎり、理性的にそれらを考える、またこのように自然的な信仰が自分自身に明らかになる。

leges ordinis tunc a parte Dei sunt, quod appropinquet, impleat veritates Divina sua luce, et sic fidem ejus naturalem, quae modo est scientia et persuasio, Divina essentia; その時、秩序の法則は神の側からである、近づく、神的な真理を自分の光で満たす、またこのようにその自然的な信仰を、それは単なる知識と確信である、神的な本質で〔満たす〕。

sic et non aliter fit fides salvifica. このように、また異ならない、信仰は救うものとなる。

Simile est cum charitate; 仁愛に同様である。

sed breviter recensebimus aliqua. しかし、簡単に私たちは何らかのものを数え上げます。

Deus non potest secundum suas leges alicui homini remittere peccata, nisi quantum homo secundum suas leges desistit ab illis. 神は、自分の法則にしたがって人間のある者に罪を許すことができない、人間が自分の法則にしたがってそれら〔罪〕から離れるかぎりでないなら。

Deus non potest spiritualiter regenerare hominem, nisi quantum homo secundum suas leges se naturaliter regenerat: 神は霊的に人間を再生させることができない、人間が自分の法則にしたがって自分自身を自然的に再生させないかぎりでないなら。

Deus in perpetuo conatu est regenerandi et sic salvandi hominem, sed hoc non potest efficere nisi sicut homo parat se receptaculum, et sic applanat Deo viam, et aperit januam. 神は絶え間のない努力の中にいる、人間を再生させ、救う、しかし、このことは遂行することができない、人間が容器を自分自身に用意するようにでないなら、またこのように神に道を平らにする、また扉を開く。

Non potest sponsus intrare thalamum virginis non desponsatae; 花婿(婚約者)は娘(処女)部屋に入ることができない、婚約のない。

haec occludit januam, et clavem intus apud se custodit: 彼女は扉を閉ざす、またその鍵を自分のもとに守る。

sed postquam virgo sponsa facta est, dat clavem sponso. しかし、(処女)は婚約者(花嫁)となった後、婚約者の(その)鍵を与える。

[3.] Deus non potuit ex sua omnipotentia redimere homines, nisi Homo factus sit; [3] 神は自分の全能から人間を贖うことができなかった、人間とならなかったなら。

nec potuit Humanum suum Divinum facere, nisi Humanum Ipsius primum esset sicut humanum infantis, et postea sicut humanum pueri, et nisi Humanum postea formaret se in receptaculum et habitaculum, in quod Pater Ipsius intraret; 自分の人間性を神的なものにつくることもできなかった、人間性そのものが最初に幼児の人間性のようでなかったなら、またその後、少年の人間性のように、また人間性がその後、それ自体を容器の中にまた住まいの中に形成しなかったなら、その中に父そのものが入る。

quod factum est per quod impleverit omnia Verbi, hoc est, omnes leges ordinis ibi; このことがなされた、みことばのすべてを成就することによって、すなわち、そこに秩序のすべての法則を。

et quantum hoc perfecit, tantum Se univit Patri, et Se Pater Ipsi. またどれだけこのことをなし遂げるか〔によって〕それだけご自分を父に結合した、また父ご自身がその方に。

Sed haec sunt pauca, illustrationis causa adducta, ut videatis, quod omnipotentia Divina sit in ordine, ac regimen Ipsius, quod vocatur Providentia, sit secundum ordinem, et quod agat continue et in aeternum secundum leges ordinis sui; しかし、これらはわずかである、説明の理由で加えられた、あなたがたが見るために、神的な全能が秩序の中にあること、そしてその方の統治を、それは摂理と呼ばれる、秩序にしたがっている、また絶えず働いていること、また永遠に自分の秩序の法則にしたがっている。

et quod contra illas nequeat, nec illas quoad apicem mutare, quia ordo cum omnibus ejus legibus est Ipse." またそれらに反してできないこと、それらを小点に関して変えることも〔でき〕ない、秩序はそのすべての法則とともにその方であるので」。

[4.] His dictis splendor lucis in colore aureo per tectum influxit, et cherubos volantes formavit in aere; [4] これらで聞いて、金色の中の光の輝きが屋根を通って流入した、また大気の中で飛んでいるケルビムを形成した。

et rutilum inde illustravit quorundam tempora a parte occipitii, sed nondum a parte frontispicii; また赤み(のある色)そこからある者のこめかみを照らした、後頭部(の部分)ら、しかし、まだ前頭部(の部分)らでない。

murmurabant enim, "Ignoramus adhuc quid omnipotentia." というのは、彼らはつぶやいたから、「私たちはまだ何が全能か知らない」。

Et dixi, "Revelabitur illa, postquam hactenus dicta apud vos aliquam lucem faenerata sunt." また私は言った、「それらは啓示される(示される)、あなたがたのもとでこれまで言われてことが何らかの光を得た後」。

 

訳文

73. 翌日、予定と転嫁の信仰の中にいた群れからのある者たちが私にやって来た、また言った、「わたしたちは酔っ払いのようです、ワインからではありません、昨日の話からです、その男は――全能についてまた同時に秩序について話し、全能は神的なものであるように、そのように秩序もまた神的なものであること、それどころか、神そのものが秩序であることを結論しました。また彼は、みことばの真理ほど多くのそれだけ多くの秩序の法則があること、それらは数千でなく、無数であり、また神は自分の法則に、また人間は自分の法則に束縛されている、と言いました。

もし法則で制限されるなら、その時、何が神的な全能ですか? このように全能からすべての絶対的なも(権力)去るからです。このように、神には、君主である世の王よりも小さい力があることになりませんか?」

 この者は自分の手のひらのように、公正の法則(法律)を変え、そしてオクタウィウス・アウグストゥスまたネロ☆のように〔権力を〕絶対的に行使することができる。

 私たちは、その後、制限された法(法律)に向けてすべての全能について考えたが、私たちはあたかも酔っぱらてしまい、そして、もし直ぐに治療薬が持ってこられないなら失神しそうである。というのは、私たちは私たちの信仰から、私たちの父なる神が自分の子のために哀れみを示されるように懇願し、また私たちは、好むところに従ってその者に哀れみを示し、そして罪を赦すこと、そして欲する救うことができると信じ、また私たちはあえて、その方の全能から何らかの最小のものを取り去ることしなかったからです。それゆえ、神を何らかのご自分の鎖の法則で束縛することは、その方の全能と矛盾するものものであるので、私たちは邪悪な行為のように眺めます。

[2] これらを聞いて、彼らは私を私は彼らを眺め、また私は唖然としているのを見た。

 また私は言った、「私は主に懇願します、またそれゆえこの事柄を説明する治療薬を持ってきます。しかし、今はわずかに、例によって」。

 また私は言った、「全能なる神はご自分の中の秩序から世を創造し、そのように秩序の中に、その中におられます。そしてそれに従って支配し、そして全世界とそのすべてと個々のものに、人間に、獣に、鳥と魚、虫、それぞれの木に、それどころか草にその秩序を植え付けられました。

 しかし、簡単に説明する例として、私は続くものを提示します――秩序の法則は人間に、人間が自分自身にみことばから真理を得るように、そして自然的に、また欲するかぎり、理性的にそれらを考え、またこのように自然的な信仰が自分自身に明らかになるよう課せられている。秩序の法則は神の側から、近づく時、神的な真理を、またこのように単なる知識と確信であるその自然的な信仰を自分の光で神的な本質で満たす。このように、また異なることなく、信仰は救うものとなる。

 仁愛も同様である。

 しかし、簡単に、私たちは何らかのものを数え上げます。

 神は、自分の法則にしたがって人間のある者に罪を、人間が自分の法則にしたがってそれらの罪から離れないかぎり、許すことができない。神は霊的に人間を再生させることが、人間が自分の法則にしたがって自分自身を自然的に再生させないかぎり、できない。神は人間を再生させ、救う絶え間のない努力の中にいる、しかし、このことは、人間が容器を自分自身に用意し、このように神に道を平らにし、また扉を開くようにしならなら、遂行することができない。

 花婿(婚約者)婚約のない娘の部屋に入ることができない、彼女は扉を閉ざし、その鍵を自分のもとに守る。しかし、娘は婚約者(花嫁)となった後、婚約者に鍵を与える。

[3] 神は人間とならなかったなら自分の全能から人間を贖うことができなかった。人間性そのものが最初に幼児の人間性のようで、またその後、少年の人間性のようでなかったなら、また人間性がその後、それ自体を容器の中にまた住まいに形成し、その中に父そのものが入らなかったならる、自分の人間性を神的なものにつくることができなかった。このことが、みことばのすべてを、すなわち、そこに秩序のすべての法則を成就することによってなされた。またどれだけこのことをなし遂げるか〔によって〕それだけご自分を父に、また父ご自身がその方に結合した。

 しかし、これらは、あなたがたが、神的な全能が秩序の中にあること、そして摂理と呼ばれるその方の統治が秩序にしたがっていること、また絶えず働いていること、また永遠に自分の秩序の法則にしたがっていること、また秩序はそのすべての法則とともにその方であるので、それらに反し、それらを小点に関して変えることもできないことを見るために、その理由の説明のために加えられたわずかなものである」。

[4] これらを聞いたとき、金色の中の光の輝きが屋根を通って流入し、また大気の中で飛んでいるケルビムを形作った。またそこから赤み(のある色)ある者のこめかみを後頭部ら照らした、しかし、まだ前頭部らではなかった。というのは、彼らは、「私たちはまだ何が全能か知らない」とつぶやいたから。

 また私は言った、「それらは、あなたがたのもとでこれまで言われてことが何らかの光を得た後、啓示されます」。

 

古代ローマ皇帝ネロは残虐な暴君の典型です。

author:yasubee, category:原典講読『真教』第1章, 01:59
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