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原典講読『啓示された黙示録』 878

(1) 原文

878. " Et Mare non erat amplius," significat externum Caeli a prima Ecclesiae instauratione collecti ex Christianis, postquam inde exempti sunt et salvati qui in Libro vitae Domini scripti sunt, similiter dissipatum esse.Per "mare" significatur externum Caeli et Ecclesiae, in quo sunt simplices, qui de rebus Ecclesiae naturaliter et perparum spiritualiter cogitaverunt; Caelum in quo hi sunt vocatur externum (videatur n. 238, 239 fin., 403, 404, 420, 466, 470, 659, 661); hic per "mare" intelligitur externum Caeli a prima Ecclesiae instauratione collecti ex Christianis. Internum autem Caeli ex Christianis non prius a Domino plene formatum est, quam aliquo tempore ante Ultimum Judicium, et quoque post illud (ut constare potest ex cap. xiv. et xv., ubi de illo agitur; et ex cap. xx. vers. 4, 5; videantur Explicationes). Causa quod non prius, erat, quia Draco et binae ejus Bestiae dominabantur in Mundo spirituum, et flagrabant cupiditate seducendi quoscunque possent; quare periculum fuit prius colligere illos in aliquod Caelum. De separatione bonorum a Draconicis, et horum damnatione, et tandem dejectione in Infernum, agitur multis in locis, ac ultimo in cap. xix. vers. 20, et in cap. xx. vers. 10; et post hoc dicitur, quod "Mare dederit eos in illo mortuos" (vers. 13); per quod intelliguntur homines Ecclesiae externi et naturales convocati ad judicium (videatur supra, n. 869), et tunc exempti et salvati qui in Libro vitae Domini scripti sunt (de qua re etiam ibi); hoc "mare" est quod hic intelligitur. [2] Etiam alibi dicitur, ubi de Novo Caelo Christiano, quod id se extenderit ad "mare vitreum mixtum igne" (cap. xv. 2), per quod "mare" etiam significatur externum Caeli ex Christianis (videatur Explicatio, n. 659-661). Ex his constare potest, quod per "mare non erat amplius" significetur quod externum Caeli a prima Ecclesiae instauratione collecti ex Christianis, postquam inde exempti sunt et salvati qui in Libro vitae Domini scripti sunt, similiter dissipatum sit. De externo Caeli ex Christianis a prima instauratione Ecclesiae collecto, multa scire datum est, sed illa hic afferre non vacat; solum quod priores Caeli, qui die Ultimi Judicii transiverunt, permissi fuerint propter illos qui in externo illo Caelo seu mari erant, quia per externa conjuncti erant, non autem per interna; de qua re videantur aliqua supra (n. 398). Quod Caelum ubi externi Ecclesiae homines sunt, dicatur "mare," est quia habitatio eorum in mundo spirituali e longinquo apparet sicut in mari; angeli enim caelestes, qui sunt angeli supremi Caeli, habitant sicut in atmosphaera aetherea; angeli spirituales, qui sunt angeli medii Caeli, habitant sicut in atmosphaera aerea; et angeli spirituales naturales, qui sunt angeli ultimi Caeli, habitant sicut in atmosphaera aquea, quae e longinquo apparet sicut mare, ut dictum est: inde est, quod externum Caeli intelligatur per "mare" etiam multis aliis in locis in Verbo.

 

(2) 直訳

878. " Et Mare non erat amplius," significat externum Caeli a prima Ecclesiae instauratione collecti ex Christianis, postquam inde exempti sunt et salvati qui in Libro vitae Domini scripti sunt, similiter dissipatum esse.− 878「また、海はもはやなかった」は、最初の教会の設立から、キリスト教徒から集められた天界の外なるものを意味する、ここから取り除かれた、また救われた後に、その者は主のいのちの書に書かれている、同様に追い散らされたこと。

Per "mare" significatur externum Caeli et Ecclesiae, in quo sunt simplices, qui de rebus Ecclesiae naturaliter et perparum spiritualiter cogitaverunt; 「海」によって、天界と教会の外なるものが意味される、その中に単純な者たちがいる、その者は教会の事柄について自然的にまた霊的にごくわずかに(ほとんど)えなかった。

Caelum in quo hi sunt vocatur externum (videatur n. 238, 239 fin., 403, 404, 420, 466, 470, 659, 661); 天界は、その中にこれらの者がいる、外なるものと呼ばれる(238, 239末尾, 403, 404, 420, 466, 470, 659, 661番に見られる)

hic per "mare" intelligitur externum Caeli a prima Ecclesiae instauratione collecti ex Christianis. ここに「海」によって、最初の教会の設立からキリスト教徒から集められた天界の外なるものが意味される。

Internum autem Caeli ex Christianis non prius a Domino plene formatum est, quam aliquo tempore ante Ultimum Judicium, et quoque post illud (ut constare potest ex cap. xiv. et xv., ubi de illo agitur; et ex cap. xx. vers. 4, 5; videantur Explicationes). けれども、キリスト教徒からの天界の内なるものは、前に主により十分に形作られなかった、最後の審判の前に何らかの時間よりも、そしてまたその後に(1415章から明らかにすることができるように、そこにそれについて扱われている。また第2041, 5節、説明が見られる)

Causa quod non prius, erat, quia Draco et binae ejus Bestiae dominabantur in Mundo spirituum, et flagrabant cupiditate seducendi quoscunque possent; 理由は、前にでないこと、竜とその二つの獣は霊たちの世界の中で支配していたからである、また惑わそうとする欲望で燃え立っていた、だれでも〔そのように〕できる。

quare periculum fuit prius colligere illos in aliquod Caelum. それゆえ、前に集めることは危険であった、彼らを何らかの天界の中に。

De separatione bonorum a Draconicis, et horum damnatione, et tandem dejectione in Infernum, agitur multis in locis, ac ultimo in cap. xix. vers. 20, et in cap. xx. vers. 10; 竜からの善い者たちの分離について、またこれらの者の断罪、また最後に地獄の中へ投げ落とすこと、多くの箇所の中に扱われている、そして最後に、第1920節の中に、また第2010節の中に。

et post hoc dicitur, quod "Mare dederit eos in illo mortuos" (vers. 13); また、この後、言われている、「海はその中の死んだ者を明け渡した」こと(13)

per quod intelliguntur homines Ecclesiae externi et naturales convocati ad judicium (videatur supra, n. 869), et tunc exempti et salvati qui in Libro vitae Domini scripti sunt (de qua re etiam ibi); そのことによって、外なるまた自然的な教会の人間が審判へ呼び出されたことが意味される(上の869番に見られる)、またその時、乗り除かれまた救われたことが、その者は主のいのちの書の中に書かれた(その事柄についてもまたそこに)

hoc "mare" est quod hic intelligitur. これが「海」である、それはここに意味されている。

[2] Etiam alibi dicitur, ubi de Novo Caelo Christiano, quod id se extenderit ad "mare vitreum mixtum igne" (cap. xv. 2), per quod "mare" etiam significatur externum Caeli ex Christianis (videatur Explicatio, n. 659-661). [2] 他の箇所にもまた言われる、そこにキリスト教徒の新しい天界について、それが「火の混じったガラスの海」に(それ自体を)げていること(152)、そのことによって「海」もまたキリスト教徒からの天界の外なるものが意味される(659-661番に説明が見られる)

Ex his constare potest, quod per "mare non erat amplius" significetur quod externum Caeli a prima Ecclesiae instauratione collecti ex Christianis, postquam inde exempti sunt et salvati qui in Libro vitae Domini scripti sunt, similiter dissipatum sit. これらから明らかにすることができる、「海はもはやなかったによって、最初教会設立からキリスト教徒からめられた天界なるものを意味するここからかれたまたわれたそののいのちのかれている、同様らされたこと

De externo Caeli ex Christianis a prima instauratione Ecclesiae collecto, multa scire datum est, sed illa hic afferre non vacat;  キリスト教徒から、最初教会設立から、集められた天界なるものについて。多くのものを知ることが与えられた、しかし、それらをここに提示することは、時間がない。

solum quod priores Caeli, qui die Ultimi Judicii transiverunt, permissi fuerint propter illos qui in externo illo Caelo seu mari erant, quia per externa conjuncti erant, non autem per interna; ただ〔次のことだけを述べる〕、前の天界は、そえは最後の審判の日に過ぎ去った、彼らのために許されたのだった、その者はその天界の外なるものの中に、すなわち、海の中にいた、外なるものによって結合されていたので、けれども、内なるものによって〔結合されてい〕ない。

de qua re videantur aliqua supra (n. 398). それらについて、何らかのものが上に見られる(398)

Quod Caelum ubi externi Ecclesiae homines sunt, dicatur "mare," est quia habitatio eorum in mundo spirituali e longinquo apparet sicut in mari; 天界が、そこに外なる教会の人間がいる、「海」と呼ばれることは、霊界の中の彼らの住む場所が、遠方から海の中に〔ある〕ように見えるからである。

angeli enim caelestes, qui sunt angeli supremi Caeli, habitant sicut in atmosphaera aetherea; というのは、天的な天使は、その者は最高の天界の天使である、エーテルの大気の中のように住んでいる。

angeli spirituales, qui sunt angeli medii Caeli, habitant sicut in atmosphaera aerea; 霊的な天使は、その者は中間の天界の天使である、空気の大気の中のように住んでいる。

et angeli spirituales naturales, qui sunt angeli ultimi Caeli, habitant sicut in atmosphaera aquea, quae e longinquo apparet sicut mare, ut dictum est: また、自然的な霊的な天使☆(自然的な天使)は、その者は中夫も低い天界の天使である、水の大気の中のように住んでいる、それは遠方から海のように見える、言われたように。

最も低い天界の中には2種類の天使がいます(下記『用語辞典』参照)。ここではその一方だけとしないで、一般的に話を進めいているので「霊的な」を省いて「自然的な天使」と意訳してよいと思います(F. F. Coulsonの英訳もそうしています)

inde est, quod externum Caeli intelligatur per "mare" etiam multis aliis in locis in Verbo. ここからである、天界の外なるものが「海」によって意味されること、みことばの中の箇所の中の他の多くのものでもまた。

 

◎『スヴェーデンボリ用語辞典』(スヴェーデンボリ出版)より

自然的な霊的な天使と自然的な天的な天使 Angeli spirituales naturales et coelestes naturales. 霊的な天界である中間または第二の天界から流入を受ける者は,自然的な霊的な天使と呼ばれる.天的な天界である第三または最内部の天界から流入を受ける者は,自然的な天的な天使と呼ばれる/天地31.最も低い天界の中にいる者は,自然的な霊的な者かあるいは自然的な天的な者である.自然的な霊的な者はそこの主の霊的な王国に属し,自然的な天的な者はそこの主の天的な王国に属す.それゆえ,自然的な霊的な者はそこにすべての者が霊的である第二の天界の者と伝達する,けれども,自然的な天的な者はそこにすべての者が天的である第三の天界の者と伝達する/講解449

 

(3) 訳文

 878「海はもはやなかった」は、最初の教会の設立〔のとき〕から、キリスト教徒から集められた天界の外なるものを意味し、主のいのちの書に書かれている者がここから取り除かれたまた救われた後に、同様に追い散らされたことを意味する

 「海」によって、天界と教会の外なるものが意味され、その中に教会の事柄について自然的に考え、霊的にはほとんど考えなかった単純な者たちがいる。

 これらの者がその中にいる天界は外なるものと呼ばれる(238, 239, 403, 404, 420, 466, 470, 659, 661番に見られる)。ここに「海」によって、最初の教会の設立からキリスト教徒から集められた天界の外なるものが意味される。

 けれども、キリスト教徒からの天界の内なるものは、最後の審判の前に、そしてまたその後に何らかの時間よりも前に主により十分に形作られなかった (1415章から明らかにすることができるように、そこにそれについて扱われている。また第2041, 5節に説明が見られる)

前にでないことの理由は、竜とその二つの獣は霊たちの世界の中で支配していた、また惑わそうとする欲望で燃え立っていたからである、だれでも〔そのように〕できるなら。それゆえ、それ以前に、彼らを何らかの天界の中に集めることは危険であった。

 竜からの善い者たちの分離、またこれらの者の断罪、また最後に地獄の中へ投げ落とすことについて、多くの箇所の中に、そして最後に、第1920節の中に、また第2010節の中に扱われている。また、この後、「海はその中の死んだ者を明け渡した」ことが言われている(13)。そのことによって、外なるまた自然的な教会の人間が審判へ呼び出されたこと(前の869番に見られる)、またその時、主のいのちの書の中に書かれた者が取り除かれ、救われたことが意味される(その事柄についてもそこに〔見られる〕)

これがここに意味されている「海」である。

 [2] 他の箇所にもまた、そこのキリスト教徒の新しい天界について、それが「火の混じったガラスの海」に広がっていることが言われている(15:2)、そのことによってキリスト教徒からの天界の外なるものが「海」も意味されること(659-661番に説明が見られる)

 これらから、「海はもはやなかったによって、最初教会設立〔のとき〕からキリスト教徒からめられた天界なるものを意味、主のいのちのかれているがここからかれまたわれた、同様らされたことを明らかにすることができる。

キリスト教徒から、最初教会設立から、集められた天界なるものについて多くのものを知ることが〔私に〕与えられた、しかし、それらをここに示すには時間がない。ただ〔次のことだけを述べる〕、最後の審判の日に過ぎ去った前の天界は、その天界の外なるものの中に、すなわち、海の中にいて、外なるものによって結合されていたのでいた、けれども、内なるものによって〔結合されてい〕ない彼らのために〔死の存在が〕許されたのだった。それらについて、何らかのものが前に見られる(398)

 そこに外なる教会の人間がいる天界が、「海」と呼ばれるのは、霊界の中の彼らの住む場所が、遠方から海の中に〔ある〕ように見えるからである。

というのは、最高の天界の天使である天的な天使は、エーテルののような大気の中住んでいる、中間の天界の天使である霊的な天使は、空気のような大気の中に住んでいる、また、最も低い天界の天使である自然的な天使☆は、水のような大気の中に住んでいて、それは、言われたように、遠方から海のように見えるからである。ここから、天界の外なるものが、みことばの中の他の多くの箇所でもまた、「海」によって意味されている。

 

原文は自然的な霊的な天使です(「霊的な」を省きました)

author:yasubee, category:原典講読『啓示された黙示録』, 23:33
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