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原典講読『霊界体験記』 159,160

(1) 原文

De communi spirituum vi communicativa cum hominibus in genere

 

159.  Hoc mane mihi clare ostensum est, quomodo spiritus operantur in hominem, hoc est, quomodo Deus Messias ducit homines per spiritus et angelos: in ipsa vigilia, dum in cogitatione, prius apud me, familiari essem, adeo ut quasi loquerer mecum, de certa aliqua re, cum satis viva imaginatione, quam cogitationem continuavi (eram sic in eodem fere statu, in quo prius, quando spiritus mecum non loquerentur, sicut etiam nunc est similis status cum haec scriberem, et utplurimum, quum loquor cum sociis in consortio, ut super mensam, et cum literas scribo), ut{1} itaque discerem, quomodo se haberet communicatio ista cum homine (quia aliquoties dubitavi de ea re, quia nullus sensus tunc percipit spirituum in se operationes, et minus sic angelorum, et adhuc minus Dei Messiae per angelos et sic per spiritus, mediate et immediate), postquam{2} per aliquod tempus in eo statu essem, sic{3} quasi absque spiritibus circum me, illico tunc mutabatur iste status, et spiritus me alloqui coeperunt, et ea venia a Deo Messia, data, coeperunt narrare mihi statum istum, in quo fuerunt, quando essem quasi mecum in cogitatione ista, nempe quod non aliter scirent, ac ii tunc essent, qui cogitarent, et ita secum meditarentur, et quasi loquerentur, et quidem ita, quod proximi crederent se esse qui id cogitarent, remotiores autem minus, et remotiores adhuc minus, usque tamen quod aliquo modo etiam in tali statu essent, sed cum differentia secundum distantiam, quod idem est, ac secundum affinitatem istius rei, cum spiritibus.

@1 ms. scribo, ut

@2 ms. immediate; postquam

@3 ms. essem; sic〔@1, 2, 3のいずれも手書き原稿での句読点の様子を示している〕

 

(2) 直訳

De communi spirituum vi communicativa cum hominibus in genere 全般的、人間との伝達の目的に仕える霊たちの全般的な力について

159.  Hoc mane mihi clare ostensum est, quomodo spiritus operantur in hominem, hoc est, quomodo Deus Messias ducit homines per spiritus et angelos: この朝、私にはっきりと示された、どのように霊たちが人間の中に働きかけるか、すなわち、どのように神メシアが人間を霊と天使たちによって導くか。

in ipsa vigilia, dum in cogitatione, prius apud me, familiari essem, adeo ut quasi loquerer mecum, de certa aliqua re, cum satis viva imaginatione, 目覚めてることそのものの、思考その〕時、以前私のもとに、親しいものであった(よくあった)、あたかも私に話すかのようにこれほど、確定した(特別な)る事柄について、十分に生き生きとした像(心像)とともに、

quam cogitationem continuavi (eram sic in eodem fere statu, in quo prius, quando spiritus mecum non loquerentur, その思考持続した(それをこのように状態中で持つこと、その中に以前、霊たちが私と話さない時に、

sicut etiam nunc est similis status cum haec scriberem, et utplurimum, quum loquor cum sociis in consortio, ut super mensam, et cum literas scribo), そのようにまた、今、同様の状態である、これらを私が書いているときと、また、多くの場合、私が交わりの中で仲間と話している時、食卓の上でのように、また文書を書いているとき

ut{1} itaque discerem, quomodo se haberet communicatio ista cum homine (quia aliquoties dubitavi de ea re, quia nullus sensus tunc percipit spirituum in se operationes, et minus sic angelorum, et adhuc minus Dei Messiae per angelos et sic per spiritus, mediate et immediate), postquam{2} per aliquod tempus in eo statu essem, sic{3} quasi absque spiritibus circum me, illico tunc mutabatur iste status, et spiritus me alloqui coeperunt, こで、私が見分けるために、どのようにその伝達が人間に振る舞うか(数回、私はその事柄について疑ったからである、どんな感覚も、その時、霊たちの本質的な働きを感じないから、またまして、このように天使の、またさらにまして神メシアの、天使によってまたこのように霊たちによって、間接にまた直接に)、その後、いくつかの時にわたって私はその状態の中にいた、このようにあなたも私のまわりの霊たちなしかのように、直ちに、その時、その状態が変えられた、また霊たちが私に話しかけることを始めた。

et ea venia a Deo Messia, data, coeperunt narrare mihi statum istum, in quo fuerunt, quando essem quasi mecum in cogitatione ista, nempe quod non aliter scirent, ac ii tunc essent, qui cogitarent, et ita secum meditarentur, et quasi loquerentur, et quidem ita, quod proximi crederent se esse qui id cogitarent, remotiores autem minus, et remotiores adhuc minus, usque tamen quod aliquo modo etiam in tali statu essent, sed cum differentia secundum distantiam, quod idem est, ac secundum affinitatem istius rei, cum spiritibus. また、神メシアによりその恩恵(容赦)が、与えられた、私にその状態を☆語り始めた、その中に〔霊たちが〕いた、私があたかもその思考の中に私とともにいたかのような時、すなわち、異なって〔霊たちが〕知らないこと、そして、彼らが、その時、いた、その者は考えた、またそのように私とともに熟考した(瞑想した)、またいわば話した、そのうえ(実際に)そのように、最も近い者(隣人)自分自身を〔本人〕であることを信じる、その者はそのことを考えた、けれども、さらに遠く離れた者は、〔信じることが〕少ない、またなおさらさらに遠く離れた者は、〔信じることが〕少ない、やはりそれでも、何らかの方法(様式)でさらにまたそのような状態の中にいた、しかし、距離にしたがった相違とともに、同じことであるが、そしてその事柄の親族関係(親近感)したがって、霊たちとの。

☆「その状態」とは、これ以降の事柄です、すなわち、スヴェーデンボリがある思考の中にいたとき、彼のまわりの霊自身も同じことをが考えていた、とスヴェーデンボリに告げたことです。ただ訳文からではよくわからないかもしれません(つな対訳文であることをお詫びいたします)

 

(3) 訳文

人間との全般的伝達目的えるたちの全般的について

 

159.  この朝、私に、どのように霊たちが人間へ働きかけるか、すなわち、どのように神メシアが人間を霊と天使たちによって導くか、はっきりと示された。目覚めそのものの、思考その〕時、以前、私のもとに、確定したる事柄について、十分に生き生きとした心像とともに、あたかも私に話すかのようにこれほど、によくあったその思考持続した(それをこのように状態中で持つことを、その中に以前、霊たちが私と話さない時に、そのようにまた、今、これらを私が書いているときと、また、多くの場合、私が交わりの中で、食卓の上でのように仲間と話している時、また文書を書いているときと同様の状態である)、こで、私が見分けるために、その伝達が人間にどのようなものであるか(数回、私はその事柄について疑ったからである、どんな感覚も、その時、霊たちの本質的な働きを、またまして、このように天使の、またさらにまして神メシアの、天使によるまたこのように霊たちによる、間接のまた直接の働きを感じないからである)、その後、いくつかの時にわたって、私は、このようにあなたも私のまわりの霊たちがいないかのように、その状態の中にいた、直ちに、その時、その状態が変えられ、また霊たちが私に話しかけることを始めた。また、神メシアによりその恩恵が与えられ、私にその状態を語り始めた、その中に〔霊たちが〕いて、私があたかもその思考の中に私とともにいたかのような時、すなわち、霊たちがいたその時、その霊は考え、またそのように私とともに瞑想し、またいわば話したとしか知らないことである、そのうえそのように、最も近い者自分自身であることを信じ、そのことを考えた、けれども、さらに遠く離れた者は信じることが少なく、またなおさら、遠く離れた者は信じることが少ない、やはりそれでも、何らかの方法で、しかし、距離にしたがった、同じことであるが、霊たちとのその事柄の親近感にしたがって相違とともに、そのような状態の中にいた。

 

◎『霊界体験記』翻訳上の(独特の)難しさについて

 本著について、翻訳がこれまでになく「難しい」と感じています。次の2点からです。

 1.内容そのもの。すなわち、霊界の話しであり、スヴェーデンボリ個人の敬虔ななので、私たち(または私)は基本的な知識がないことです(知っているなら、その人はすでに霊と親しく交わっていることになります、または他の者からの伝聞)。なので、どうしても「どのようなことを言いたいのか?」と考えることが多くなります、これが「難しい」。

 2.覚え書きであること。神学著作なら(読者を意図して)理路整然と書かれます。多少意味がわからなくても、論理の道筋をたどって、前後関係から、推断できます。一方、『体験記』は経験を語るので(しっかり書いてあっても)「論理」は不要です、(読者もおそらく想定していないので)、そこには「飛躍」があります。急に話題が移っても(本人には飛躍ではありません)何の問題もありませんが、読む者は憶測しなければなりません。ここが「難しい」。すなわち、(他の者に述べるつもりなく)人的な体験談をメモしたものを、どのようことを言いたいのかと、類推しなければならないことです(結論として1.の理由と同じとなってしまった)

 

(1) 原文

160.  Cum postea quaererem, num aliqui aut plures essent, tunc appercipiebam ex loquela et responso eorum, quod perplures essent, sed ulterius sciscitando percepi, quod apud hominem, qui separat sensum internum ab externo{1}, perplures adsint, qui id agunt, at vero penes hominem, qui solum ducitur a sensibus corporis, et apud quem cogitatio vertitur ad quodlibet objectum, nec haeret diu in uno objectu, visu interno, perpauci sint, et sic quod communi quadam spirituum vita utplurimum ducantur, cum tamen nihilominus spiritus adsint, quia quilibet homo a Deo Messia ducitur ad finem ultimum.

@1 ms. interno; J.F.I. Tafel: "pro interno legerim externo"; cf. indicem ad Spiritus

手書き原稿は interno ですがターフェルは「internoの代わりに(私は)externoと読む」としています。索引の「霊」参照、とありますので、以下にその部分を示します。

Quod plures spiritus sint apud eum, qui cogitat separate ab objectis sensuum, et pauciores, qui solum ab objectis sensuum, hi communi influxu magis reguntur, n160. 彼のもとに多くの霊がいること、その者は感覚の対象から分離して考える、またさらに少ない者が〔いる〕、その者は感覚の対象だけから〔考える〕、これらの者は全般的な流入でさらに支配されている、160番。

 

(2) 直訳

160.  Cum postea quaererem, num aliqui aut plures essent, tunc appercipiebam ex loquela et responso eorum, quod perplures essent, その後、私が質問したとき、ある者(いくらかの者)または多くの者がいるのかどうか、その時、彼らの話しと応答から私は把握した、非常に多くの者がいること、

sed ulterius sciscitando percepi, quod apud hominem, qui separat sensum internum ab externo{1}, perplures adsint, qui id agunt, at vero penes hominem, qui solum ducitur a sensibus corporis, et apud quem cogitatio vertitur ad quodlibet objectum, nec haeret diu in uno objectu, visu interno, perpauci sint, しかし、さらに進んで質問することで、私は認めた、外なるもの〔感覚〕から内なる感覚を分離する者は、非常に多く者がいる、その者はそのことを働く(行なう)、しかし、人間の面前に、その者は身体の感覚だけから導かれる、またその者のもとで思考がどんなものでも対象へ向けられる、しがみつきもしない、長い間、一つの対象の中に、内なる視覚で、非常に数少ない。

et sic quod communi quadam spirituum vita utplurimum ducantur, cum tamen nihilominus spiritus adsint, quia quilibet homo a Deo Messia ducitur ad finem ultimum. またこのように、全般的なある種の霊たちの生活で、多くの場合、〔人間は〕導かれる、そのときそれでも、それにもかかわらず霊たちがいる、どんな人間も神メシアにより最終的な目的へ導かれれるからである。

 

(3) 訳文

160.  その後、私が、いくらかの者または多くの者がいるのか質問したとき、その時、彼らの話しと応答から私は、非常に多くの者がいることを把握した。しかし、さらに進んで質問することで、私は、内なる感覚を外なる感覚から分離する者は非常に多い、その者はそのことを行なう、しかし、身体の感覚だけから導かれる人間の面前で、またその者のもとで思考がどんなものでも対象へ向けられ、長い間、一つの対象の中に、内なる視覚で、しがみつきもしない者が非常に数少ないことを認めた。このように、多くの場合、全般的なある種の霊たちの生活で、〔人間は〕導かれ、そのときそれでも、〔そこに〕霊たちがいる。どんな人間も神メシアにより最終的な目的へ導かれれるからである。

author:yasubee, category:霊界体験記, 00:12
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