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原典講読『霊界体験記』 364,365

(1) 原文

Quod non modo sint fallaciae sensus, sed etiam phantasiae ac imaginationes,

quae inter animas et spiritus regnant, inde apparens actualitas

 

364.  Mirificum est, quod animae ac spiritus sensum prorsus ut in corpore habeant, tactum sicut in corpore, sicut si tangunt vestes, similiter quoad concupiscentias, et appetitus, calores, frigora, imo sudores, quae ita actuales sunt, ut sunt in corpore, cum tamen non aliter possunt appellari ac phantasiae, sed quia sensus est realis qualis in corpore, sunt quasi reales; iis similia inducuntur per directionem imaginativam, quod perpluribus constare potest.

 

365. Inde satis manifeste et prorsus indubie concludere datur, quod non vivat homo, sed quod autumet se vivere, ita quod vita sit Solius Dei Messiae, tametsi appareant vivere; conclusio tam evidens et testata est, ut a nullo animarum potest negari, cui rationale quoddam relictum est. 1747, 18 Dec.

 

(2) 直訳

Quod non modo sint fallaciae sensus, sed etiam phantasiae ac imaginationes, quae inter animas et spiritus regnant, inde apparens actualitas 感覚きだけでなくしかし、幻想そして想像産物またあること、それらは霊魂と霊たちの間を支配している、ここから実際の外観が〔ある〕

364.  Mirificum est, quod animae ac spiritus sensum prorsus ut in corpore habeant, 驚くべきことである、霊魂そして霊たちが感覚をまったく身体の中にのように持っていること、

tactum sicut in corpore, sicut si tangunt vestes, 身体の中のように触覚を、もし触れるなら衣服のような、

similiter quoad concupiscentias, et appetitus, calores, frigora, imo sudores, quae ita actuales sunt, ut sunt in corpore, cum tamen non aliter possunt appellari ac phantasiae, 同様に、欲望、また食欲、熱、冷たさ、それどころか汗に関して、それらはそのように実際の(行動で現実化された)ものである、身体の中にいるように、そのときそれでも、異なって呼ぶことができない、幻想よりほかには☆、

ac にはこのように「相違を示す表現」として「〜よりほかの」の意味があります。

sed quia sensus est realis qualis in corpore, sunt quasi reales; しかし、感覚は身体の中のように実在する(現実の)ものであるので、あたかも実在する(現実の)ものかのようである。

iis similia inducuntur per directionem imaginativam, quod perpluribus constare potest. 彼らに同様のものが想像上の指示(方向づけ)よって引き起こされる、そのことを非常に多くのもので明らかにすることができる。

 

365. Inde satis manifeste et prorsus indubie concludere datur, quod non vivat homo, sed quod autumet se vivere, ここから十分に明らかに、またまったく疑いなく結論することが与えられる(存在する)、人間は生きていないこと、しかし、自分自身が生きていることを思っていること、

ita quod vita sit Solius Dei Messiae, tametsi appareant vivere; そのように、いのちは神メシアおひとりのものである、たとえ生きていることが見られても。

conclusio tam evidens et testata est, ut a nullo animarum potest negari, cui rationale quoddam relictum est. 結論はこれほどに明らかまたよく証明された、霊魂の何もないものにより否定されることができないように、その者にある種の推理力(理性)が残されている。

1747, 18 Dec. 17471218日。

 

(3) 訳文

感覚きだけでなく、幻想そして想像産物またあり、それらは霊魂と霊たちの間を支配していて、ここから実際に外観があること

 

364. 霊魂そしてたちがまったく身体にかのように感覚っていることはくべきことである、身体のようにもしれるなら衣服のような触覚〔持っている〕、同様、欲望、食欲、熱、冷たさそれどころかして〔持っており〕、それらは身体にいるように実際のものであるそのときそれでも、幻想としか呼ぶことができないしかし、感覚身体のように現実のものであるのであたかも現実のものかのようである。彼らに同様のものが想像上方向づけによってこされそのことを非常くのものでらかにすることができる

 

365. ここから、人間は生きていないこと、しかし、自分自身が生きていると思っていることを十分に明らかに、またまったく疑いなく結論することが与えられる。そのように、たとえ生きていることが見られても、いのちは神メシアおひとりのものである。〔この〕結論は、ある種の理性が残されている霊魂により何も否定されることができないように、これほどに明らかに証明された。17471218日。

author:yasubee, category:霊界体験記, 23:51
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